第32話 星環ノ余火



「――ボク達もいるよ」



 不意にかけられたその声に、レイン・クロフォードは振り返る。そこに立っていたのは、先ほどの対戦相手、リュミエール・クラヴィスとイリーナだった。


 戦いを終えたばかりとは思えないほど、二人とも涼しげな表情をしていた。特にリュミエールは、まるで昼休みに立ち話でもするような気軽さで、柔らかく微笑んでいた。



「傷の手当ては? もう大丈夫なの?」



 レインの問いに、リュミエールが肩を竦めて答える。



「ボクは平気。イリーナも、ちゃんと回復してるよ。ね?」

「うん。全然、問題ないよ」



 イリーナは無邪気に頷いた。



「それに、ボクたち……完全に負けたとは思ってないから」



 リュミエールのその言葉に、レインもセフィルス・ルクレティアも一瞬だけ言葉を失う。だが、それは強がりでも、負け惜しみでもないように感じられる。ただ、次を見据えている者の瞳だった。



「次は、きっと勝つよ。今度は、もっと本気でね」



 イリーナはまるで挑発のように、けれど純粋な競争心そのままに紅蓮の瞳を輝かせて言い放った。戦いの中で見せた凄烈さとは対照的に、その声音は淡々としていて、それがかえって本気の意志を感じさせる。


 レインは、しばし視線を逸らさずに彼女の瞳を見返した。そこには悔しさも、怒りもない。ただ、次の機会を当然のように見据える戦士の眼差しがあった。


 そして、すぐ横で聞いていた少年が口を開く。



「それは俺もだ、レイン」



 ノエル・アシュレイ。Dクラス代表として戦場に立った彼もまた、静かな闘志をその瞳の奥に燃やしているようだ。


 どこか冷めたようでいて、実際は誰よりも熱いものを持っている男。その目が今、確かにレインへと向いていた。


「本物の星影流せいえいりゅう、暗殺術と……今度はサシでやってみたい」


 その言葉に込められたのは、ただの興味本位なのだろうか。Sクラスとの試合を観戦したノエル。だからこそ、その奥を確かめたい。そう言わんばかりに、彼は言葉を投げる。



「……もちろん、受けて立つよ。ノエル」



 レインもまた、それに正面から応える。互いに遠慮も飾りもなく、ただ実力をぶつけ合える関係。言葉こそ簡素だが、その裏には確かな敬意と意志が通っていた。


 そのやり取りを面白がるように、軽やかな声が割って入る。



「そうだなぁ。次はセフィルスさんの本気を見たいかも」



 リュミエールだった。まるで談笑の延長線上のような口調で、さらりと放たれた言葉。だが、その目線は真っ直ぐにルクを捉えていて、冗談だけで済ませる気はないのだと伝わってくる。


 それでも、ルクはその視線を受け止めることはしなかった。少しだけ顔を背け、小さく息を吐くように呟く。



「私は別に。そんな面白くはないですよ」



 その言葉に、強がりも否定も混ざっていた。


 けれど確かに、彼女の中にも何かが動いている。戦いの中でレインが見せたもの、そしてリュミエールの存在。彼女のそれまでにはなかった感情を、静かに揺らし始めていた。



「……でも、君達もこれから気を付けるんだよ」



 和やかだった空気を断ち切るように、リュミエールがふと真顔に戻る。その声色には、冗談めいた軽さはなかった。



「EクラスがSクラスに勝った。それは、これから君達の注目度が一気に跳ね上がる事になる」



 その言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。レインとルクは、互いに短く目を見交わした。


 ――Eクラス。最下位の烙印。


 学園に所属する誰もが、無意識に見下していた存在。


 その立場にある者たちが、頂点に君臨するSクラスに勝ったという事実は、いわば常識を覆した“異常”であり、同時に“標的”になり得る変化でもあった。


 だが。


 それを選んだのはレイン本人だ。あの日、出場を決めた瞬間から、その覚悟はできていた。ルクもまた、レインに倣って出場を決め、共に優勝を目指した。栄光と孤独、その両方を背負う覚悟を持って。



「あぁ。わかってるよ」



 レインは静かに頷く。そして、ふと思い出す。出場を決めた日の、ハルベルト・クローネの言葉を。


 “強すぎるものは時に孤立する”


 それは教師として彼が言い放った言葉だった。けれど今は、レインの隣にはノエルがいて、リュミエールとイリーナがいる。何より、ルクがいる。


 その事実だけで、レインの中にはもう、十分すぎるほどの支えがあった。



「……レイン。私は先に寮に戻ります」



 隣で黙って話を聞いていたルクが、不意に口を開く。その声には、ひとつの区切りを受け入れた静けさがあった。



「ん? そうか。また明日な」



 レインは笑みを浮かべて、軽く手を上げた。ルクは小さく一礼し、そのまま静かに踵を返して歩き出す。その背中は、どこか柔らかく、そして誇らしげだった。



「それじゃ、ボク達ももう帰ろうかな」



 ルクの背中を目で追っていたリュミエールが、ひらりと手を振りながらそう言う。隣のイリーナもそれに倣って、レインに向かって軽く片手を上げた。


 二人は、まるで次の“約束”を告げるかのように微笑み、やがてルクの後を追うように寮の方へと歩いていった。



「俺達も帰るか」

「そうだね」



 ノエルが自然に歩き出し、レインもそれに並ぶように歩を進める。肩を並べたまま、寮の方向へとゆっくりと。空には、まだ戦いの熱を残したような雲が、わずかに流れていた。


 次に何が待っているのか――その答えは、まだ誰にも分からない。


 けれど、レインたちは静かにその夜を迎えるのだった。

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