第22話 星環ノ寂響



 朝の光が、まだ静けさの残る学園の空を淡く染め上げていた。


 窓辺から差し込む微かな陽光が、ベッドの上で眠るレイン・クロフォードの頬を照らす。眩しさにわずかに眉を寄せ、彼はゆっくりと目を開けた。


 寝起きにしては珍しく、意識ははっきりしていた。夢も見なかった。ただ、胸の奥に渦巻くものが、彼を静かに目覚めさせたのだ。


 ――星影流せいえいりゅうは、そんなもんじゃないよね?


 昨夜の言葉が、頭から離れなかった。


 リュミエール・クラヴィス。あの少女の声、目、気配。どれもが異質だった。軽やかな笑みの裏にあったのは、確信だった。


 知られているはずのない“剣術の本質”を、なぜ彼女は見抜けたのか。


 星影流の名を口にする者はいたとしても、その“真価”を知る者など、この学園にはいないはずだった。


 レインは静かに起き上がり、背を伸ばす。


 今日、自分たちは決勝戦を迎える。相手は、圧倒的な力でAクラスを打ち倒した、Sクラスの二人。勝てるかどうかの不安ではなく、ただ一つ。


 “本物の自分”を試される、その瞬間が近づいているという、漠然とした緊張が、彼の心を締め付けていた。


 だからこそ、レインは立ち上がった。今日という日が、自分にとってただの一試合ではないと、誰よりも理解していたから。



「あっ、おはようレイン君!」



 食堂に向かうと、昨日と同じ様に席を確保していたシオン・バレッタがレインの姿を捉え、声を掛けてきた。昨日の夜Sクラスの二人と対峙したというのに、シオン自身はそれほど気にしていない様にも見える。


 実際は、レインに不安を与えないために何も言わないでいたのかもしれない。それは、レイン本人にも言えることでもあった。敢えて口に出さない事で、気にしていないように見せている。



「おはよ」



 試合前に軽く雑談をし、レインはシオンと別行動で実技演習棟に向かう。


 実技演習棟へと続く道は、いつもの朝よりも騒がしく、だがレインの足取りは静かだった。周囲のざわめきや視線が、まるで遠くの風景のように感じられる。


 ただ、歩くたびに胸の内側で何かが定まっていく感覚があった。緊張でも、恐れでもない。向かうべき場所をようやく見据えたような、そんな感覚。


 昨日のような開会式はなかったが、会場が決勝戦ということもあり既に観客席が賑わっていた。


 文字通り最強のSクラスと、最弱のEクラスという異例の対戦カードを、結果が気になる学園の教員、生徒達が集まっている。



「……凄い人数ですね」



 演習場で待ち合わせたセフィルス・ルクレティアは、上層階の賑わう観客席を眺めていた。



「圧巻だね。君達がここまで辿り着かなければ、こんなに大勢の人は集まらないよ」



 対戦相手のSクラス代表、リュミエールはルクの言葉に返答するように口を開いた。ルクは彼女の声を聞き、ほぐした緊張を再び引き締める。



「今日はよろしくね? 退屈させないでね」



 リュミエールの横にいたイリーナが二人に向けて言った。その視線は、僅かにルクの方を向いている気がした。それに気付いたルクは、首を傾げている。



「ボクも、星影流の本気を見れることを楽しみにしてる」



 リュミエールの声は、静かに、けれど確かな圧を帯びていた。彼の視線はまっすぐにレインを捉えて離さない。笑みを浮かべた口元とは裏腹に、瞳には一片の感情も宿っていなかった。


 その目は、昨日のものと同じ――ある種の試練を見定める者のそれだ。まるで、こう言っているかのようだった。


 ――“本気で来なければ、貴方は勝てない”。


 レインの中で、何かがぴたりと張り詰める。



「これより、星環召還学園せいかんしょうかんがくえんアストラリア、クラス対抗戦の決勝戦を行う!」



 空中に設置された拡声装置が、審判の声を全校に響かせた。その言葉が放たれた瞬間、観客席にいた生徒たちはざわめきを飲み込み、次第に静まり返っていく。


 すべての視線が、二つのチームに集まった。


 フィールドの中央に立つのは、EクラスとSクラス。それぞれが互いを真っすぐに見据え、そしてその眼差しの奥には、まったく異なる“決意”が宿っていた。


 静寂の中で、審判の声が再び降る。



「――試合、開始!」



 その一言が、世界の緊張を解き放った。


 最初に動いたのは、やはりSクラス。


 迷いも、ためらいもなく、リュミエールとイリーナは魔術陣を瞬時に描き出す。その動きに、無駄な動作は一切ない。呼吸のように自然で、それでいて研ぎ澄まされた機械のように正確だった。


 足元に浮かび上がる召魂式印シグマ。その魔力の波動が、瞬く間にフィールド全体へと広がっていく。



「こっちだよ」



 優しげな声と共に、イリーナが動いた。


 地を蹴った瞬間、その姿がまるで霞のように揺れ、次に現れた時には、すでにルクの眼前にいた。


 移動ではない、瞬間の現出。



「……っ!」



 ルクは咄嗟に腕を交差し、迎撃と防御の両立を狙った。しかし、それを待たずして、イリーナの拳が空気を裂く。


 疾風のような一撃が、ルクの腹部に突き刺さった。


 鋭く短い衝撃音が響く。身体が跳ねるように後方へ弾かれ、ルクの足元の土が抉れた。僅かな呻き声とともに、彼女は数歩分よろめく。だが、倒れはしない。


 その目は、すでに次の動きを見据えていた。

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