第9話「語録、商品化!?企業コラボの罠と“売れない覚悟”」
売れることは、敗北じゃない。
だが、売るために削ったら、それはもう“語録”じゃない。
守るべきは、金じゃない。“重み”だ。
夏祭りが終わって数日後、バーJOJOに珍しい客が現れた。スーツに身を包んだ営業マン風の二人組。
名刺には、こう書かれていた。
――「株式会社ハラグロモーション・マーケティング事業部」
「初めまして。私たち、アパレル雑貨のOEM企画をしておりまして…実は家元さんの“語録Tシャツ”を見て、ビジネスチャンスを感じまして」
家元は無言のまま、麦茶をすすっている。
「我々が運営するブランドで、“家元語録シリーズ”を全国チェーンで展開しませんか?
たとえばこんな感じで――」
彼らが差し出したサンプルには、家元の語録をカラフルに装飾したポーチやエコバッグが並んでいた。
《怒ってへんけど切れてんねん》が虹色のハートで囲まれている。
《迷うな 言い訳や》が、猫のイラストと一緒に刺繍されている。
「…………これは、ワシの“語録”やないな」
初めて、家元が口を開いた。
「え? でも文字はそのまま――」
「“意味”が違う。語録は、笑わせるために作ってへん。生き様や。泥水飲んだやつが“それでも笑いたい”時に着るもんや」
営業マンが引きつった笑顔で言い返す。
「まあまあ、でも今の時代、“売れる”ってことも大事じゃないですか?」
「そやな。せやけど、“売れる”だけのために魂抜いたら、それは“言葉狩り”やで」
マスターが空気を察して割って入る。
「すみません。家元は売るのも本気なんすよ。だから、軽く流されると怒るんす」
営業マンたちは戸惑いながらも引き下がった。
その夜、家元はアトリエで静かにTシャツを刷っていた。刷られていた語録は、いつもより黒々と力強い。――《笑わせるな、笑われてでも貫け》
マスターがそっと入ってくる。
「家元、断ってよかったんすか? あれ、下手したら“売上倍増”案件でしたよ」
「そやな。でもな、“自分の声”が届かんなるくらいなら、叫ばん方がマシや」
「……かっけーっす。でも、ほんまに強いっすね。俺だったら絶対金に流されてた」
家元は笑いもせず、次のTシャツを機械にセットした。
「ワシもや。だから、金に負けへん語録を書き続けとる。“売れたくない”わけやない。“自分を売りたくない”だけや」
後日、断ったはずのコラボ案が、SNS上で別名義で販売されていた。“インスパイア”と称して語録風の商品が流通していた。そのとき、家元がアップした一言が話題を呼んだ。
《似てるけど、違う。似せてるけど、響かない。――魂って、そういうもんやろ?》
リポスト数は瞬く間に1万を超え、“魂を売らない商売人”として家元の語録が再評価され始めた。
マスターがその様子を見ながらつぶやく。
「結局、家元の言葉って……商品じゃないっすね。“証明”っすわ」
家元は新しい語録をノートに書き記した。
――《売れない覚悟は、売れる資格や》
つづく
売れんでもええ。でも、“売り渡す”ことはせぇへん。
語録は、バズるためのパンチラインやない。
泥をかぶって、恥をさらして、それでも書いた一行が、誰かの背中を押す力になる。
家元の語録、それは“負けへん理由”や。
――この信念、プリント済み。
【次回予告】
突然のネット炎上。「過激すぎる語録」「不適切Tシャツ」として拡散され、家元の商品ページは停止、SNSは大荒れ。
「まさか、語録で“退去命令”が来るとはな…」
信じてくれた人たちの声さえ届かない、孤立無援の大炎上。
それでも家元は語る――
「語録は沈黙せぇへん。“信じとる奴”がおる限りな」
家元烈伝 第十話『家元、家を失う!? 語録Tシャツ、まさかの炎上商法疑惑!』
焼けたらええ。けど、“言葉”だけは残すんや。
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