第8話「語録×祭り!?法被に宿る炎と、家元の夏」
担ぐのは神輿か、言葉か。
祭りの喧騒の中で、ひとつの語録が争いを鎮めた。
語録は叫ばない。ただ“背中で語る”もんや。
匝瑳の夏。
強い陽射しと、遠くで鳴る太鼓の音。
街全体がそわそわと騒ぎ始めるこの時期、地元最大のイベント――“匝瑳市祇園まつり”の季節がやってきた。
「家元さん、今年も来てくれませんか? あんたの“語録半纏”、うちの神輿じゃ欠かせなくなっててさ」
そう声をかけてきたのは、地元青年団の団長・木下。
昨年、家元が限定製作した“語録入りの半纏”が評判を呼び、それ以来、祭りの名物になっていた。
家元は静かにうなずいた。
「語録は“戦の布”や。担ぎ手にとっての“背中の祈り”でもある」
祭り当日。
昼間から準備に追われる街角。
バーJOJOでは、マスターがせっせとTシャツと半纏を袋に詰めていた。
「家元!例の“団長モデル”、今年は背中に何を入れるんすか?」
家元は迷わず一枚の紙を差し出す。そこに書かれていた語録は、――《後ろに誰かいると思え。それが“責任”や》
「担ぎ手の背中には、町全体の願いが乗っとる。気持ちだけで担ぐには、軽すぎる神輿もある」
「……震えるっすね、その言葉」
午後七時。
空が橙に染まり始めた頃、半纏を着た若者たちが神輿を担いで集まってきた。
家元の語録が背中に踊る。
《前しか見るな。でも、後悔はしろ》
《汗の意味を、声で示せ》
《生きてる証、今ここに置いていけ》
祭囃子とともに、神輿が街を練り歩く。
掛け声が響くたび、語録が揺れる。家元はその様子を遠くから見つめていた。
「……ええな。語録が“言葉”から、“行動”になっとる」
だが、その夜。町内の裏通りで、トラブルが起きた。参加予定だった別の青年団と神輿の通行順を巡って口論が発生。怒鳴り声が響き、神輿の進行が止まってしまう。
家元がその場に入っていく。
「喧嘩は終わってからやれ。祭りの最中に声荒げるんは、“町の顔”を汚すだけや」
だが、酔った男のひとりが言い返した。
「説教はTシャツだけにしとけよ、“語録おじさん”」
空気が凍った。
家元はゆっくりと半纏を脱ぎ、男の前に差し出した。
「これ、読め」
男はぶっきらぼうに目をやる。
そこに記されていたのは、――《殴る前に、“誰が見てるか”を思い出せ》
「その拳、誰に見せたいんや? 子どもか? 彼女か? 町か?」
男の手がゆっくりと下がった。
「……すまん。頭、冷えたわ」
その後、祭りは何事もなかったかのように進行し、夜10時、無事に終了した。
マスターが缶ビールを片手に家元の隣に座る。
「家元、語録ってやっぱ……一枚の半纏でも、こんなに効くんすね」
「布に刷っとるのは文字やけど――その裏に詰まっとるのは、“人の過去”や。“今”の責任や。“未来”の願いや」
家元は、手帳を開いて新たな語録を記した。
――《一瞬の叫びが、一生の背中を支える》
祭り囃子の余韻が、まだ町のどこかに残っていた。
つづく
語録とは、着るものやない。
纏うことで、“誰のために立つか”を思い出させる装備や。
神輿を支えるのは筋肉やない。
言葉の重みと、“誰かの想い”や。
今日、家元の語録は、祭りという戦場で――静かに火を灯した。
【次回予告】
「御社の商品と語録をコラボさせたい」
舞い込んだのは、大手メーカーとのタイアップ企画。
だが提示された条件に、家元の表情が曇る――
「“売れる言葉”にしてくれ? それは“削除”と一緒や」
語録の魂が、ビジネスの波に呑まれかけたとき、家元が選んだのは、“売れない覚悟”だった。
家元烈伝 第九話『語録、商品化!?企業コラボの罠と“売れない覚悟”』
譲れないのは、売上やない。“信念”や。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます