五臓六腑に沁みるのは、何だ?③
「お、おぉ……!」
「正解はスープご飯でしたぁ~」
成る程、こうなるわけか。
ほかほかご飯にこれでもかとぶっかけられた具だくさんスープである。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきますっ!」
ぱん、と手を合わせて形を保ったままの白米にレンゲを刺して崩す。具材と共に掬い上げて一口。ごま油と生姜の香りが鼻から抜けていく。
「……最ッ高」
「だろぉ」
へへん、と胸を張るのが末っ子感があって大変可愛らしい。
生姜のお陰だろう、胃の中からじんわりと温まっていく。そんなに長い時間煮込んでいるわけでもないのに、野菜はしっかり火が通ってくたくたである。レンゲに乗せた、透き通った大根と玉ねぎをまじまじと見つめていると、「どした」と覗き込まれた。
「いや、短時間で作ったにしては火が通るの早くね? って思って」
「あぁ、冷凍野菜使ったからな」
「冷凍だと早く煮えるのか?」
「冷凍するとな、なんかあの……アレ。アレが壊れるんだって。そんで、早く火が通る、っていう」
「何が壊れるんだよ、怖いな」
「大丈夫。悪いもんじゃねぇはず。なんかあの……野菜の中の何かが破壊されるんだって、詳しいことは覚えてないけど」
「まぁ、実際短時間で火が通ってるしな。何が壊れてるのかはわからんけど」
あとで調べてみたところ、冷凍することで破壊されるのは野菜の細胞らしい。破壊、なんて言われるとちょっとおっかないが、栄養面では問題ないとのこと。
「夏はさ、どうしても暑いから身体を冷やそうとするじゃん? 熱中症も怖いし、それは間違ってないんだけど、だからって冷やしすぎんのも良くねぇのよ」
「あぁ、女性社員とかよく言ってるな」
「特に女性はそうだな。良くない。でも男だってそうだぞ。あんまり冷たいもんばっかり食うのも良くない。だから、山家家ではどんなに暑い日でも朝からグッツグツに熱い味噌汁が出て来る」
「朝からグッツグツに熱いの出て来るのか」
「そ」
だから幸路さんも覚悟しとけよぉ~? なんて悪い顔を向けてくる。え、それ、どういう意味? 朝飯も食ってけ、てこと?
「母ちゃんの持論なんだけどな? とりあえず、味噌汁は万能なのよ。身体を内側から温めるのと、味噌だから発酵食品だろ? あと、水分と塩分な。この時期特に大事だろ」
「言われてみればそうだな」
「具材で色々栄養もプラス出来るし。ま、今回は鶏ガラベースだけど、塩分補給と、冷房で冷えた身体を生姜で温める、っていう」
幸路さんがガチの病人なら白がゆにするけど、病人じゃねぇからカロリーはしっかり、味付けもそれなりに、と。そんなことをつらつらと述べる。なぁやっぱりさ、馬鹿っていうの絶対に嘘だから。あのな、俺らの世界では、こういう知識を持つ人間を『馬鹿』とは言わないから。
「多希これ、お代わりとか……」
あっという間に空になった丼を見せる。もちろん汁までぺろりだ。
「あるに決まってんだろ。腹はちきれるまで食え」
「それは逆に身体に悪いだろ」
「そっか」
ちょっと待ってな、二杯目は軽めにするぞ、と言って多希は立ち上がった。マジでさらさらと何杯でも食えてしまいそうだが、腹八分という言葉もある。『軽め』の言葉通り、少なめに盛られたスープご飯が目の前に置かれた。
「たんと食え」
多希はもうご馳走様らしく、先に飲むわ、と断ってチューハイの缶をテーブルに置いた。どうぞどうぞ、とそれを勧め、二杯目に手を合わせる。多希はテーブルに肘をついて缶を持ち上げ、満足気に目を細めてこちらを見つめてきた。
「何だよ」
「いや? めっちゃ食ってくれんの助かるなって思って」
反射的に、「八尋や陽介さんがいるじゃねぇか」という言葉が口を突いて出る。
何だいまの。
確実に脳を経由してないやつだぞ。
俺は別にそんな拗ねた言葉を吐くつもりなんてなかったのに。
俺がここに来られない間、八尋はずっとここにいた。七月から住み始めているのだ。そこにたまに陽介さんが加わっているのも知っている。陽介さんはまだもうちょっとやり残した仕事があるらしく、彼がここに住むのは盆明けとなっているが、割と頻繁に来ているらしい。楽しそうに飯を囲んでいる画像が、俺への当てつけかってくらいに送られてくるのだ。
「まぁあいつらもいるけどさ」
そう話す多希の顔がちょっとほころんでいる。ほんの少しまつ毛を伏せ、昔を懐かしむような顔をして。俺には当然、そんな顔で思い出してもらえるようなエピソードなんてない。付き合いの浅さを改めて突き付けられた気がして、胸がちくりとする。いや、何でだ。俺は何でそんなことに傷ついているんだ。ヤキモチか? いやそもそもヤキモチって何だ、ヤキモチって。違う違う俺はたぶん胃袋を掴まれたせいで何か勘違いしてるだけというかだってそもそも俺と多希は男同士で
「でも幸路さんはなんか特別なんだよなぁ」
ア――――――――!!
パッと顔を上げ、目が眩みそうになるほどの笑顔を向けられる。二杯目のスープご飯はもうあっという間に空だ。よほど腹が減っていたのだろう。
「そ、そか」
落ち着け。
落ち着け俺。
どう考えても深い意味はないやつだ。
だってこないだビデオ通話で、俺の良いところは飯を美味そうに食うところと好き嫌いがないところって言ってたもんな。多希の言う『特別』ってのはそういうことだよな? 食わせ甲斐があるとかそういうカテゴリのやつだろ? 陽介さんは身体がデカいというだけで別に大食いというわけではないし、八尋は小柄な見た目通りそこまで食えない。だから単純な『量』だけの話をすれば俺が一番食う。それに筋肉のために高タンパク低カロリー食を好む陽介さんは、好き嫌いというわけではないが、『好んで食べたいもの』という偏りはある。八尋に至ってはあれで案外好き嫌いがあるらしい。だからそういう点でも、今回のようなケースを除いて、「何を作っても文句を言わずに食う」俺は多希からの好感度が高いのだ。それだけだ。たぶん。……たぶん。
「ご馳走様。美味かった。下げるな、これ」
「おー」
動揺を悟られまいと立ち上がる。ちょっと物理的な距離をとって頭を冷やそう。
落ち着け俺。
何でちょっと嬉しくなってるんだ。
全然意識するようなやつじゃねぇだろ。
「俺も飲むわ」
「おぉ」
冷蔵庫から発泡酒の缶を取り出し、くるり、と振り向くと、ちょうど多希が腰を浮かせたところだった。たぶん食器を洗うつもりなのだろう。多希のルーティンだ。食ったら面倒になる前に片付ける。いつものやつだ。
「幸路さんはゆっくり飲んでな」
「おう」
いつもと変わらないやり取りだ。
多希の態度だっていつも通りだ。
俺だけだ。
俺だけが変に意識しているのだ。
何気ない、『特別』なんて言葉で舞い上がっている。
「――っと」
疲れが足に来たか、はたまた、やっぱりまだ動揺しているのか、膝がかくん、となる。さすがに転倒するほどではないにせよ、身体が大きく傾いだ。もちろんこんなの自力で立て直せる。だいぶ鈍ったとはいえ、一応俺だって元スポーツマンではある。もう十年くらい前の話だけど。
が。
「大丈夫か」
「っお、おう」
よろけた俺を多希が受け止めた。俺より小さい癖に。俺よりも細い癖に。案外体幹が強いらしい。
「疲れてんなぁ、幸路さん」
「え、あ、あ――……、まぁ」
「よしよし、頑張ったな、一週間」
ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。これあれだろ、赤ん坊を寝かしつける時のやつだろ。やめろやめろ、俺二十七だぞ。
「よしよし、って。いや、あの、俺、年上な?」
「二個しか違わねぇよ。良いじゃん、労わったって」
「そ――れは、そうだけど」
変な体勢で受け止められたから、俺はいま多希の胸にダイブした形になっている。わかってはいたけれど、多希の胸板はかなり薄い。感じるのは胸筋よりも肋骨だ。こいつ、腰も
――って、そうじゃなくて。
多希、お前なんかすんげぇドキドキしてねぇ?
あれ? 人間の心拍数ってこれが正常なやつだっけ?
いやたぶん俺とおんなじくらい高鳴ってんぞこれ。
なぁ、もしかしたりすんのか、お前。
違うよな?
背中を叩くリズムが徐々にゆっくりになり、それに伴って、背中に触れる時間がちょっとずつちょっとずつ長くなっていく。やがてはっきりと、『叩く』が『擦る』に変わり、そこに少しずつ力が乗せられていく。もしかして、抱き締められている、という状態なのでは、ということにいまさらながら気が付いて、「多希」とその名を呼んだ。
なぁ多希、いまの状態は何だ、そう問い掛けようとしたところで。
「――多希さん、そちらの方は」
見知らぬデカい男が、ひょこりと居間から顔を出した。
え。
どちらさん?
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