指折り数えた『アイツの作る飯』①
『今日、豆腐入りの三種のつくねとブロッコリーのきんぴら、玉子とわかめのスープだけど食う? 白飯付きで五百円な。』
毎週金曜の多希メールである。
先週はゴールデンウィークと被ったために食い損ねてしまったので、週の頭からもう指折り数えてこの日を待ちわびていた。同窓会は楽しかったし、居酒屋の飯も美味かったけれど、やはりあいつの飯に勝るものはなし。
ちなみに二十七ともなると、話題は主に結婚だ。結婚しただの、これからするだのといった景気の良い話ではない。ていうか、するんだったら招待状が届くはずだ。それが届くくらいの間柄のやつらが集まっている同窓会なのである。けれど、そうではない。
結婚したい。だけど彼女がいない。ほしい。という話題なのである。
その日の参加者は職種こそバラバラだけれども、俺も含め、それなりの中堅ポジションにいるやつらがちらほらいた。中には『主任』なんて役職まで付与されてるやつがおり、そいつはその日ずっと主任って呼ばれていたりして。羨望やら妬みやら、あとはまぁ単純に茶化す目的で、だ。けれど、出世してバリバリ働いているその『主任』にしても、仕事が忙しくなってしまって彼女を作っている暇がないらしい。その逆で、仕事がうまくいかず、プライベートどころじゃなかったりするやつもいる。ただいずれにしても、どちらにも共通するのは、「出会いがない」だ。
「なぁ佐藤ぉ、出会いってどこに落ちてるんだろうなぁ」
同窓会の夜、しこたま酔った
「例えば……同じ職場とか?」
精一杯ひねり出したのがこれだ。俺だってそれくらいしか浮かばねぇ。
「駄目だァ! そんなんじゃ!」
「うるさっ! おい、店ン中、な?!」
「もうやれるだけのことはやり尽くしたんだ! 同僚も、後輩も、一か八かで先輩にもアタックしたんだよぉ!」
「何やってんだよお前。そんで全部撃沈したってことだろ? その状態で働き続けられるとか、お前のメンタルどうなってんの?」
「いまは背水の陣で会社に出入りしてるヨクルトレディに交渉してる」
「それはマジでやめとけって」
しかも背水の陣って。
「とにかくさぁ、そういうんじゃないんだよ。俺はさ、もっとドラマみたいな出会いをしたいんだ! なんていうの? こう……本屋で同じ本をとろうとして手が触れちゃうとか」
「古っ!」
「満員電車で痴漢から助けて、そんでその人が行きつけのカフェの店員さんで、『あの時はありがとうございます』とかさぁ」
「お前車通勤って言ってなかった?」
「ことごとく否定してくんなよぉ、もぉ~」
「ごめんて」
渡部は既に空になってるジョッキを持ち上げ、それを口に運んで傾けてから中身が入っていないことに気付いた様子で、俺に向かってそれを軽く振って見せてきた。お代わりを注文しろということだろう。良いけどさ。「他に飲み物頼むやついるか?」と気持ち声を張って数人からオーダーをとる。通りがかった店員さんを捕まえて注文を終えると、彼は、さぁ続きだ、とでも言わんばかりに「とにかくな」と話を戻してきた。
「俺はそういう出会いがしたいんだよ。なんかさぁたまたま一緒に働いてる同僚とかじゃなくてさ」
「でもお前、それを狙ってさんざんアタックしてたんじゃないのか」
「仕方ないだろ、出会いがないんだもん!」
「もん、ってお前……」
「だけど本当はそういうんじゃないんだよぉ。だってもう二十七だぜ? 次の彼女が結婚相手じゃん! 運命感じたいんだよぉ! 佐藤ぉ~」
「俺に泣きつかれても困る!」
そしてごめん、俺はお前の望むその『運命の出会い』に該当するやつを体験してる。偶然知り合ったSNSのアカウントがたまたまめっちゃ近くに住んでて、いまではメシ友だぞ?! こんな偶然あるか?! 東京ならまだしも、仙台だぞ?! いや、東京でもそうそう起こらんわ!
「あぁ~、運命感じてぇ~。彼女欲しい~。彼女の手作りご飯食いてぇ~」
「欲望駄々洩れかよ」
でもまぁ、わかる。まずは手作りご飯食いたいよな。わかる。わかりまくる。
したたかに酔っている渡部に向かって、「ちなみにさ」と切り出す。彼は「おあ?」と気の抜けた声を返してきた。
「塩サバとひじき煮」
「は? 何の話?」
「鶏むねの南蛮漬けと小松菜のおひたし」
「え? 何何?」
「カレイのから揚げときゅうりとわかめの酢の物」
「おい、佐藤、おい。なぁ、って。これ何の話だよ」
「いや、なんていうか、どう思う?」
「は? 何が?」
「こういう飯を作るやつ」
「は? 何だよぉ、いんのかよ、お前ぇ」
「えっと、まぁ、うん」
ここまで面倒な酔っ払いの相手をしてやったんだ、俺だって少しくらい自慢しても良いだろう。
「彼女か!」
「いや、彼女ではない」
彼女ではない。それはマジで。
「何だよ、クソが! それはそれで一番楽しい時期じゃねぇか! おい皆聞け!」
「うるさっ。おい、ここ店ン中だから」
「ちくしょう、何だよ! お前は仲間だと思ってたのに! 裏切りやがって、佐藤!」
「裏切るも何も!」
「おい聞け、皆! 佐藤が羨ましいぞ! なんか、その、なんだ、母ちゃんみたいな飯を作る彼女いんぞこいつ!」
「いや彼女じゃなくて!」
そう突っ込むが、どうやらその場にいた全員の耳には届いていないらしい。それよりも。
「おい、母ちゃんみたいな飯って何だ?」
「具体的にどんなやつだ?!」
「なぁ、炊き込みご飯はあるか?」
「待て、切り干し大根はどうだ。俺はもう何年も切り干しを食ってないんだ」
「落ち着けお前ら、定番は肉じゃがに決まってるだろ」
「なぁ佐藤、俺にだけ教えてくれ。オムライスにケチャップでハートを描いてくれるやつか?」
その場には女性もいた。
非公式とはいえ、一応は『同窓会』だ。仲の良いやつらで集まろうぜ、という趣旨の集まりだったし、同じ授業をとっていたりとか、ゼミが同じだったりとか、そういう縁で飲み友に発展した女性陣が数人いたのだ。全員がフリーかどうかはわからないが、この後、何かが起こる可能性だってある。まさか全員が全員、そんじゃお疲れ、と解散するわけではないだろう。
だから、スタート時はそれはそれは盛り上がった。
席が近い者同士、近況を報告し合ったりして、探りを入れるような「いま付き合ってる人は?」などという質問がそこかしこで飛び交っていたものだ。女性の人数の方が少ないこともあり、野郎共は隠し切れない下心をチラつかせながら彼女らを接待していたのである。
にも拘らず。
一気に話題の中心が俺になった。
おい、多希。
何かお前、とんでもないぞ。
親元を離れた二十七歳男子にとって、『母ちゃんみたいな飯』はキラーワードらしい。いや待て待て。いまの時代、『母ちゃん』と決めつけるのはよろしくない。父ちゃんが作る家もあるだろうし、まだまだ現役バリバリなじいちゃんばあちゃんもいる。だからつまりは、『実家で出て来るような飯』ってやつだ。
そして、さっきまで自分達に合わせて新しく出来たフレンチの店だの会員制のバーだのといった話をしていた男性陣が『実家で出て来るような飯』の話題になるや、目の色を変えて食いつき始めたのを、女性陣は冷ややかに見つめている。ごめん、まさかここまで話題をさらうとは思わなかったんだ。
でも、安心してくれ。その『実家飯』を作るのは野郎だ。全然君らを脅かす存在じゃないから、そこは安心してほしい。安心して狙ったやつをお持ち帰りしてくれ。
俺?
俺はもちろん一次会で帰った。
誰からもお呼びがかからなかったからだ。
そりゃそうか、『実家飯』を作ってくれる恋人未満の相手がいると思われてしまったもんな。
次多希に会ったら、「お前の飯の話をしたら、野郎共がめっちゃ食いついたぞ」って報告してやろう。タクシー乗り場で順番を待ちながらそんなことを考えた。
――で、迎えた今日だ。
今日の飯も楽しみだな。そう思いつつ、『もちろん行く』と文章を入力していると、それを送信する前に、多希から追撃が来た。
『あと、今日はもう一人いるから。』と。
もう一人?
あぁそうだ、ハーフマラソンに出るために金曜の夜から泊まりに来るやつがいるって言ってたっけ。
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