焼けた舌はアイスで冷やして③ 

「うっま」


 シャク、とガリゴリ君をかじる。

 公正なるじゃんけんの結果、多希がメロンソーダ味、俺がラムネ味となった。


 俺としては好きな方を譲る気持ちだったのでじゃんけんする必要は全くなかったんだけど、多希が良い笑顔で「じゃんけんしようぜ!」と拳を振り上げて立ち上がるものだから、やらざるを得なかったのである。


 何となくたけど、多希はたぶん、そういうのが好きなのだ。ワイワイ楽しく過ごしたいのである。本当はもっと人数だっていた方が良いんだろうけど、生憎この場には俺しかいない。俺があと三人分くらい盛り上げるしかないのだ。いや、多希は勝手に盛り上がってるけど。


 じゃんけんに勝った多希は、その勝利のチョキを俺に見せつけて「勝ぁ~ちぃ~」と大人気なく挑発してから、メロンソーダを選んだ。お前本当に二十五なんだよな? 俺としてはどっちでも当たりのつもりだったから良いんだけどさ。それで、適当なバラエティ番組を垂れ流しつつ、それに突っ込みを入れつつ、野郎二人でアイスを食べているというわけだ。


 テーブルの上には酒の缶が二つと、多希の作ってくれたピリ辛きゅうりもある。今日はこのアイスガリゴリ君がイレギュラーなだけで、俺らの金曜の夜は大体こんな感じだ。


 ヴ、とテーブルの上に置いておいたスマートフォンが振動する。メッセージアプリの通知のようだ。アイスを食べ終え、棒を袋に入れてからゴミ箱に放り、誰からだ? と確認すると、差出人は大学時代の友人である。


「おぉ?」


 思わずそう声が出る。何だおい、随分久しぶりだな。


「どしたん」


 怪訝そうな顔をして多希がこちらを見つめる。「もしかしてあれか、仕事の呼び出しとか」と言いながら、缶チューハイに口をつけた。俺は発泡酒派だが、多希はフルーツ系のチューハイの方が好きらしい。


「いや、仕事じゃなくて。大学時代によくつるんでた友人ダチ

「へぇ。何、連絡とか結構とってんだ」

「んにゃ。そうでもねぇなぁ。皆就職であちこち飛んでったし、休みも合わないしな」

「まぁ、社会人あるあるだわな」


 そうそう、と言いながらメッセージの内容を確認すると、『GWゴールデンウィーク、久しぶりに皆で会わね?』という、まぁ有り体に言えば、同窓会のお知らせ的なやつである。自宅にハガキが届くようなガチガチの公式のやつではなく、仲の良いやつらで集まろうぜ、といったカジュアルなお誘いだった。とはいえ、結構な人数になりそうではある。


 そう答えると、口をすぼめ、ほぉ~、と息を吐きながら、わざとらしいくらいに目を丸くした。


「何だよその顔は」

「いや? 羨ましいなぁ~、って思って」

「羨ましい?」


 そう言いながら、きゅうりを箸で掴む。輪切りの唐辛子が大量にくっついていることに気付いて、一旦それを皿の上に下ろし、ぺっぺっと軽く払ってから再度摘まみ上げた。それを口に放ると、ぼりぼりと小気味よい音が聞こえて来る。これアレだ。いま流行りのAMSRってやつだ。

 

「いや俺さ、調理系の専門卒なんだけど」

「そうなんだ。なぁ、やっぱ多希って昔から料理得意だったん? それともいまの技術は学校で得たやつなんか?」

「んー? まぁ昔から得意ではあったかな。得意っつぅか、好き? ほら、料理作るとさ、母ちゃんが喜ぶわけよ。ガキの頃なんてそこまで美味くなかったはずなのに、美味い美味いって褒めてくれてさ」


 そんなん言われたら調子乗るわな、と多希は少し照れ臭そうに笑った。

 それで、料理が好きになって、調理の専門学校に進んだのだという。そんな経緯もなんだか多希らしい気がして、ちょっと微笑ましく思えてしまう。母親が喜んでいたから、褒められて嬉しかったから、と。見た目は治安の悪いヤンキーなのに、エピソードがどうにも可愛い。


「そこさ、二年制のトコなんだけど、なんつぅの、その、大学生みたいな? そういうノリの感じのがなくてさ」

「そういう感じのノリっつぅのは何? 野郎で集まってワー、みたいな? そういうやつ?」

「そそそ。二年しかないしさ、就活もあるしさ。結構バタバタなのよ。そんで俺はここから通ってたから、あんまり遊んだりとかもなかったしな」

「あぁ、成る程」


 多希はその時もここで下宿の手伝いをしていたのだろうか。母親が一人で切り盛りしてるんだろうし、単純に男手はあった方が良いだろうしな。


「でもほら、高校とか中学のとか、あんじゃねぇの?」

「んー、まぁ、あるけどさぁ」

「それかもしくは、その、何? ここの下宿の人達と集まったりとかは?」

「んお?」

「連絡とってねぇの?」


 何せ下宿だ。

 一つ屋根の下で何年も共に暮らすのである。大体何年くらいお世話になるものなのかはわからないけど、まぁ、たぶん、専門とか大学の二~四年くらいだろうか。一つ屋根の下で、同じ釜の飯を食う間柄だ。こんなのもうほぼ家族だろ。これで多希がハイパー人見知りの引きこもりだとしたら交流はなかったかもしれないが、こいつの性格上、どう考えてもそれはない。ワイワイするのが大好き、皆で飯を食うのが大好きな多希である。絶対に密な関係を築いていたはずだ。


「とってるとってる。盆には母ちゃんに直接線香あげに来てくれるやつもいるし」

「おお。それだけ多希の母ちゃんに感謝してるってことだな」

「よく『第二の母』みたいなこと言われてたしな。未だにお中元とか贈ってくるやつもいるし」

「律儀だなぁ。でもまぁ、何年もここで世話してもらったんならそうなるか」


 こういうのって息子からしたら「母ちゃんをとられた!」みたいなことにならないんだろうか。いや、さすがにそれは子どものやつか。


「自慢の母ちゃんじゃん」


 そう言うと、多希はちょっと照れたように笑って「まぁなー」と鼻を掻いた。


 でも、そうか。盆になればここは賑やかになるのか。どれくらい滞在するのか、何人集まるのかはわからないけど。だけどいまは四月。あと四ヶ月ちょいある。まぁ四ヶ月なんてあっという間か。そう思い直そうとしたところで、


「あ、でも」


 多希が思い出したように言った。「来月一人来るわ」と。


 来月?

 そいつもゴールデンウィークに?


 と顔に書いてあったのだろう、「いや、ゴールデンウィークの後な」と笑う。


「来月さ、マラソンあんじゃん」

「マラソン……、あぁ、『もりの都ハーフマラソン』な。え? 何? 出るってこと? 出るためにこっち来るってこと? どこ住んでんのか知らねぇけど、わざわざ?」

「そ。毎年出てんのよ、そいつ。イチイチ出るとか出ないとか言ってこないけど、たぶん今年も出るんじゃねぇかなぁ。んでな、遥々来んのよ、天童から」

「天童? 山形からかぁ」


 まぁ天童だったら一時間ちょいだしな、日帰りでも行けないことはない。いやいや、ハーフとはいえマラソンだぞ? 走り切ったあとで一時間ちょい運転出来るか? 泊まりだろ、泊まり。でも日曜だしな、次の日の仕事とか。あぁ、そういや確かウチの会社でも毎年出てる人いるっけな。そうそう、営業一課の大槻おおつき主任だ。


「そ。土日月って三日有給とって、金曜の夜にこっち来るわけ」

「土日月……。へぇ」


 てことは会社員じゃないな。土日も普通に仕事がある、と。


「こっちだって色々準備とかあるんだし、事前に言えよって毎回言ってるんだけどさ、忘れてたとかなんとか言って、いっっっつも直前よ」

「忘れっぽい人なのか」

「忘れっぽい、っつぅのかな。何かな、馬鹿じゃねぇんだけど、馬鹿っていうか」

「何だそれ」

「いや、勉強は出来んのよ。そういうのは出来んの。俺、受験勉強見てもらったし。でもなぁ、何か馬鹿なんだよなぁ」

「あぁ、成る程。何となくわかった」

 

 クラスにもいた。勉強は出来るけど、なんかちょっとズレてるやつ。そういうタイプなのだろう。


 昔を懐かしむような、しみじみとしたトーンで語る多希は、俺から視線を外し誰もいない席を見つめている。恐らくはそこが、俺の知らない『そいつ』の定位置だったのだろう。その席に座っていた『そいつ』は、そこでたくさんの飯を食い、多希から『馬鹿じゃねぇけど馬鹿』なんて評価を賜るほどの思い出を重ねてきたのだ。そう考えると、何だか複雑な思いである。何だろう、妙に悔しいというか。いや、悔しいって何だ、悔しいって。

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