side:多希

『彼』に向けた飯の誘い

「んお? 何だ?」


 そのDMダイレクトメールが届いたのは、金曜の夜だった。


『これ、俺が作った飯。』


 そんなメッセージと共に添えられていたのは、豚の生姜焼きと山盛りの千切りキャベツ、それから白飯と味噌汁の画像である。



 毎週金曜、ちょっと多めに飯を作り、それを一人分よそって写真におさめてSNSに上げる。そんな生活をずっとしていた。まぁずっとっていっても何年もってわけじゃない。半年くらいだったかな? なんか急に思い立ったのだ。


 一人で飯食ってもつまんねぇな。


 そう思って。

 最初はほんの冗談のつもりだった。

 カレーや煮物ってどうしてもたくさん出来ちゃうじゃんか。まぁ結局全部俺が食うんだけど、だけど、ほんの冗談のつもりで、


『食う? 今日俺んち肉じゃがなんだけど。』


 そんな呟きと共に、鍋いっぱいの肉じゃがの画像を投稿した。そのためのアカウントを作ったのである。アカウント名は『俺んちメシ』。あっという間にイイネがぽこぽことついた。


『美味しそう』

『食べたい』

『やば。じゃがいもの面取りまでしてんのかよ。コイツ絶対A型だろ。』


 そんなリプもついた。いやいや面取りなんて当たり前だろ。煮崩れるっつぅの。肉じゃがだぞ? A型とか関係あんのか? 俺、O型なんだけど。心の中だけでそう返して、とりあえずイイネを返すに留める。


 中には『マジで食いたい。どこ?』なんて冗談なのか本気なのかわからないリプも来たし、『男? 女? 写真上げてよ』なんてDMが来たりもした。ばーか、上げるわけねぇだろ。そういうのを無視したりブロックしたりしながら、それでも反応がもらえることに喜びを感じつつ、毎週金曜日に飯の画像を上げ続けた。


 俺としては、平和に楽しくやってたつもりだった。

 マジで食いたいってやつがいて、そいつが自分からDMで住所を晒してきたりもした。それがたまたま宮城県内だったもんだから、まぁそこまで言うならな、とOKしたりして。ただまぁ、用心に越したことはない。幸いなことにウチの隣には交番があるから、牽制目的でそれも伝えたし、窓も開けるからな、って、それでも良いならってことで招いたのである。こういうのは警戒するに越したことはない。俺は頭は良くないけど、そこまで馬鹿じゃない。


 やって来たのは確か四十過ぎのサラリーマンだった。付き合う彼女がことごとく料理が駄目なタイプ、しかも苦手とかそういう次元じゃなくて、俗に言う『メシマズ』ってやつらしく、もしかしたら自分はそういう星の元に生まれたのかもしれないと絶望し、生涯独身を貫くことにした、なんて言ってたっけな。おいおい諦めんなよ、なんて慰めたりもした。でもまぁ四十過ぎてたからなぁ、そう簡単ではないかもだけど。まぁその場のノリで話した嘘かもしれないけど、とにかく話の上手い、楽しいやつだった。


 それでまぁ全然危険なこともなく、美味い美味いって食ってくれて、解散。その後もそいつは仕事の都合で他県に異動するまで何回か食いに来た。友人、というか、フォロワーも良いかと言われて、彼自身も実際に会ったことはないというフォロワーが来たこともある。人んちをオフ会の会場にすんなよ、なんて笑ったっけな。それからはそのオフ会メンバーもちょいちょい来てくれたりして。


 とにもかくにもそんな感じだったのだ。

 けれども。


『こいつ、本当に存在するのか? てか、怪しすぎね?』 


 俺の呟きを引用したやつがいた。

 悪いことに、そいつのフォロワー数は確か四千を超えてた。フォロワー三桁の俺からしてみればインフルエンサー様である。そいつのフォロワー達が、それに乗っかって俺に絡み始めたのだ。好意的なリプは少数。大半は批判だった。


 盛り付けが雑だの、皿がダサいだの、撮り方が下手だの。これで五百円は安すぎて怪しい、というのもあったし、この程度で五百円とかぼったくり過ぎ、なんてのもあったな。どっちだよ。


 炎上なのかはわからない。

 ただ、面倒になった。

 アカウントを消すほどのことでもないと思ったから、鍵をかけた。まぁ、ほっとけば落ち着くだろ、なんて考えて。


 それからは、張り合いがなくなって、だらだらと暮らしてた。料理は好きだし、食うのも好きだけど、また一人に戻っちまって、あーあどうしよ、つまんねぇな、って毎日考えてた。


 平日はコンビニのバイトに行って、午後からは裏のアパートの管理をして。土日は庭の草むしりしたり、ちょっと手の込んだ料理を作ったり。食わせる相手もいねぇのにな。梅酒や梅干しを漬けたり、糠床に手を出したりもした。ああ、あと母ちゃんの知り合いの保育園の園長先生に頼まれて、お菓子作りを教えに出張ったりもしたけど。


 そんな風に過ごしていたある金曜の夕方に、そのDMは届いた。


 ちゃんと椀に盛られた白飯と味噌汁。味噌汁の具は豆腐とわかめだな。千切りキャベツは店のやつだろうか。スライサーを使ったのかもしれない。生姜焼きはタレが照り照りしていて美味そうだった。


 腹が減って、鼻の奥がつんとして、心臓がぎゅっとした。空腹と、寂しさが同時に襲ってきたってやつなんだろうな。クッソ、何で俺が飯の画像で泣かされなきゃなんねぇんだ。


『うまそ。』


 ふざけんなよチクショウ。こんな美味そうなもん、見せてくんじゃねぇぞ。あのな、それくらい俺だって作れるんだからな。そんで絶対お前のより美味いんだからな。


 鼻を啜って、ぱん、と膝を叩く。その痛みで気合が入った。


「よっしゃ。今日はウチも生姜焼きにすっかな」


 俺はそのメールに力をもらって立ち上がった。なんかもう、泥沼の中から引っ張り上げてもらった気分だった。


 それから毎週金曜にはそいつ――『ゆきじ』さんからその日の夕飯の画像が届いた。彼はたぶんそこまで料理は得意じゃない。盛り付けは俺には負けるけどまぁまぁ雑だったし。だけど、めちゃくちゃ美味そうなのだ。良いなぁ、俺もそれ、食いたい。違う。たぶん俺、アンタ食いたい。よし、金曜日は『ゆきじ』さんの飯とおんなじメニューにしよう。


 毎週金曜の彼からのDMが楽しみで仕方なくなった。あんまりベタベタしてこない、ちょうど良い距離感。そんで、『Bon appétitボナペティ!』と書かれた皿にサバ味噌を乗っけるセンス。たぶんこの人と俺、相性が良いんじゃないかな。


「『Bon appétitボナペティ!』の皿にサバ味噌乗せてんじゃねぇよ」


 メールでそう指摘したら、


『TASTE GOODに言われたくない(笑)』


 と返って来た。

 うん、やっぱり相性良いと思う、俺達。

 

 食わせたいな、この人に。

 俺の飯を食わせたらどんな反応するんだろ、ゆきじさん。

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