第七話:Oクボフサコ先生【語り手:Y中ユウキ(二年生 十四歳)】 水曜日(放課後)午後三時三十五分
俺には五つ上の兄ちゃんがいまして。もちろん、靴ノ下中学校出身です。
これは、兄ちゃんが三年生の初めから卒業までの話なんです。
もちろん、皆さんが聞きたがってる異変ってのが出てくるんですよ……。
三年生の時の兄ちゃんの担任の先生は、『Oクボフサコ』って名前の、二十代後半くらいの女の人だったらしいです。
フサコ先生はスラリとした美人でいつもワインレッドのスーツを着こなすカッコいい女性って感じだったそうですが、隙が無いというか。
無口でいつも無表情で何考えてるのかわからなくて、気軽に冗談を言えるような雰囲気の人では無かったみたいです。
そんなフサコ先生の、三年生初日の授業が異様だったらしいんです。
「A藤エマさん、I上リクさん、I森ヒナタさん……」
先生は、出席番号順に生徒を前に呼び出して、小さな茶封筒を一通ずつ渡していくんです。
「この封筒はまだ開けないでください。
皆さんは、靴ノ下中学校の三年生という最後の一年間を私と一緒に過ごしてもらいますが、その間、この封筒を大事に持っていてください。
中には、それぞれ違うが文章が書いてある紙が入っています。家に帰って封を開けて確認してみてください。
ただ、その紙を誰にも見せてはいけませんし、紙に書いてある文章を教えてもいけません。
それはお父さんやお母さん、兄弟はもちろん、クラスメイト同士でもダメです。
紙は卒業式が終わった後に教室で回収します。ですので、この封筒はまだ開けないでください」
教室はザワザワしたらしいけど、フサコ先生が全く冗談を言っている雰囲気では無いので、すぐにシーンとなったとか。
最初、兄ちゃんたちは、フサコ先生にけおされて謎の茶封筒について触れないようにしていたらしいです。
けど、二ヶ月も経ってクラスの空気がなじんでくると、あれなんだったんだ? と、先生がいないところで話題に上がるようになってきたそうで。
「なんだこれ?、つまんねぇ?」
最初に口火を切ったのは、クラスの不良のT橋君だったようです。
休み時間に、茶封筒から真っ白の紙を取り出して、みんなの前でヒラヒラさせたんです。
そこには、
『タオルを持って中に入る』
と、黒いボールペンで書いてありました。全く意味がわからないから、みんな首を傾げるしかなかった。
「S田~、お前のも見せろよ?」
T橋君は、仲の良い不良仲間のS田君をうながして、彼の茶封筒も開封したんです。
『窓の向こうをのぞく』
やっぱり意味がわからない。
そこからは数人が紙を公開したり、友達同士で書いてあった文章を言い合ったり、と半年も経たないうちに、クラスのほぼ全員が茶封筒の文章を共有することになっちゃったそうなんですね。
『もう歩けない』
『高いところから落ちる』
『笑い声が鳴りやまない』
『誰かが呼んだような気がした』
『その寝顔に驚く』
『騒がしかったのが嘘のようだ』
『悪いことをしたとは思わない』
『階段を下りる音がする』
どの文章も、意味がありそうで意味がない。
茶封筒を渡された本人に関係があるようで、関係がない。
兄ちゃんをはじめ、クラスのみんなは、文章の意味をいろいろ考察したそうですけど、結局分からずじまいで。
それから一ヶ月もしないうちに飽きられて、謎の茶封筒について話す人はいなくなってたそうなんです(ちなみに兄ちゃんの茶封筒の文章は、『カーテン越しに見える』だったらしい)
文章の秘密を守ることができなかったクラスメイトたちだけど、だからといって何か悪いことが起こるようなことは一切なかったそうですよ。
当たり前だけど、みんなで茶封筒を開けたことをフサコ先生に暴露するような人はいませんでしたし、先生も茶封筒を渡した日以来、そのことに触れなかったので、何事もなく時が過ぎていったそうなんです。
それで、卒業式の日が来たんです。
とどこおりなく式が終わって、みんなは卒業証書の入った筒を持って教室に戻ってくる。
「それでは皆さん、三年生の初日にお願いしていた通り、お渡ししていた封筒を回収しますね」
この日も変わらず、ワインレッドのスーツを着こなすフサコ先生が、無機質に言ったそうです。
出席番号順に前に出て行くんですが、半分以上の生徒が茶封筒自体無くしちゃっていたとか。
バツが悪そうな感じで伝えるんですが、先生は眉ひとつ動かさずに「わかりました。次の人」という感じで流したそうです。
で、順番がR川ナギさんに回ってきました。
このとき兄ちゃんは、(そういえばR川さんって、封筒の紙の文章をみんなに見せてたっけ?)って思ったそうです。
というのも、R川さんは特に親しい友達を作らず、いつも自分の机で一人で読書してるようなおとなしい人だったからです。
彼女がゆっくり前に出てきて、封筒を取り出して渡す。先生はそれを受け取って、中を開ける。
すると、入っていた紙は真っ黒だったそうです。
あれ? とは思ったものの、そのことに触れるのも、みんなが事前に封筒の中を把握してるとバレるような気がして、黙っていたらしいです。
フサコ先生は相変わらず表情を変えずに、手に取った黒い紙を見ると「ありがとう。次の人」と言ったそうです。
卒業式後の教室でのひと時が終わって、全員がわいわい帰って行く時間になりました。
友達同士で「この後どうする~?」と騒いでる人、親と楽しそうに帰る人、様々でしたが、兄ちゃんはずっとR川さんの事が引っかかっていました。
来てくれた母さんに「ごめん! 先帰ってて!」と言うと、彼女を捜しまわりました。
R川さんは、ちょうどお父さんとお母さんらしき人と一緒に校門を抜けたところでした。
「R川さん!」
兄ちゃんは彼女を呼び止めて、急いで走ったそうです。
「おぉ!告白か?」とか、「がんばれー」とか、周りにいた数人が勘違いするなか、兄ちゃんは R川さんに言ったそうです。
「あ、あのさ、Oクボフサコ先生が回収した、よくわかんない封筒あったじゃんか?」
「うん……」
R川さんは、うつむいたまま答えました。
「あれ、君の紙だけ黒だったように見えたんだけど、どうしてなのか気になってたんだ。俺たちが白で、君だけが黒い理由って何かあるのかな? って思ってさ……」
「……みんなと私の違い……」
「それはR川さんが、私の言いつけ通り、一年間封筒の文章の秘密を守ったからだよ」
ふりかえると、兄ちゃんのすぐ真後ろに、Oクボフサコ先生が立っていたそうです。
兄ちゃんとR川さんがあわてていると、
「R川ナギさん、あなたは選ばれました」
先生はそう言って、スッと手を前に出したそうです。
「お父様、お母様、娘さんを失礼します」
「え……あの……」
R川さんの親御さんは困惑している状態。兄ちゃんも戸惑いながら、
「先生、何言ってるの? R川さんをどこかに連れて行くの?」
と聞くも、フサコ先生にとって兄ちゃんは存在していないかのように無視されたらしいです。
「来るべき時に備えましょう。 あなたの名字はR川だから違うけど、きっと別のお役に立てるはずだから。
さぁ、行きましょう」
「はいっ」
ふと見ると、R川さんの顔は今までの自信がなさげな表情とは打って変わって、生き生きとした感じになっていました。
そして、フサコ先生に駆け寄ると、二人は手を繋いでその場を去って行ったんです。
兄ちゃんも、R川さんの親御さんも、二人の後ろ姿をポカンと見つめるしかなかったそうです。
その後なんですが、最近兄ちゃんの同級生がR川さんを近所のショッピングモールで見かけたそうです。
親御さん二人と来ていた彼女は、衣料品のコーナーで大量に買い物をしていて(全部ハンカチ?靴下? 細かいものだったそうです)いくつもの大袋に入ったそれらを、すべて親御さんに持たせていたとか。
R川さんは兄ちゃんたちの知ってる内気な雰囲気ではなく、人目をはばからず、大声で親御さん二人を怒鳴りつけていていたそうで、同級生はもちろん声をかけることなんて出来なくて、その場を立ち去ったとか。
フサコ先生は、その後も靴ノ下中学校の先生だったのかどうかはわかりません。
少なくとも俺が在学している去年と今年はいないので、兄ちゃんに聞くまでOクボフサコ先生の存在は知らなかったんですが、生徒会の皆さんはご存じですか?
この話って、どう考えても異変ですよね……?
***
テンマ:……不気味な話だな……。Oクボフサコ先生って何者だ?
ユウ:この靴ノ下中学校に四年以上前から在籍している先生は四人いまして、フサコ先生について聞いたんですが「あー……そんな先生いたねー」くらいの反応しか返ってこず、特に情報を得られませんでした。
テンマ:謎の文章が書かれた茶封筒、一年間秘密を守らないといけないという謎ルール、謎の文章の意味、先生の言った『来るべき時』、『名字が違う』とは? 卒業式の日に連れ立って去っていった先生とR川さんは、その後二人で何をしたのか?
謎が多過ぎて混乱するよな……チヒロはどう思う? 何かわかることってないかな?
チヒロ:シッ……。
ユウ:…………どうしました……?
チヒロ:その窓から誰かのぞいていないか……?
ユウ:え……。(窓の方を見る)
テンマ:誰もいないって?、ビビらせるなよチヒロ?。
チヒロ:……気のせいかな、ごめん……。
ピコーーン♪
ユウ:メッセージきてますよ、会長。
テンマ:(スマホを見ながら)おう…………あ、阿久津さんのお母さんからだ!
こんにちは。
相変わらずシオリは戻ってこないままです。
どこで何をしているのか……心配でたまりません。
あの子の勉強道具からまたパスワードの紙が見つかりました。
みなさんに共有しておきます。
ユウ:dokokano_kako…………どこかの……過去?
テンマ:靴ノ下中学校の過去に秘密があるのかな?
プールで失踪して戻ってきたミユキさんや、Oクボフサコ先生が過去の話だったよな?
ユウ:新たな過去の話を阿久津さんが手に入れたって事も考えられますね。
テンマ:(タブレットを操作しながら)二つ目の調査記事のロックが解除できたぞ。
読んでみようぜ!
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