【阿久津肆織 異変調査日誌②】トイレのこはなさんの噂

 この靴ノ下中学校で異変が起きていることが確定したからといって、校内の雰囲気が特に変わっているようには思えなかった。

 先生やクラスの子たちにそれとなく話しても、やっぱり笑われたり煙たがられるだけだった。

 みんな、大きな異変を実際に目の当たりにしないと、危機感を持ってくれないのかも。

 でも、みんなが気づかないまま平和に何事もなく異変が収束するなら、それはそれでいいのかもしれないけどね…………。




   靴ノ下中学校異変調査日誌 2

   調査日:●月●日


 その日の午前中、休み時間の移動教室へ向かう途中に、一年生の女の子たちが渡り廊下でキャーキャー騒いでた。

「あんた行ってみなよぉ?」

「そんな時間まで残ってたら、先生に怒られるじゃん?」

「それにあそこ2年生の先輩のとこじゃん?」


「でもさでもさ、オバケに会えるチャンスなんだよ??」


『オバケ』というワードに私の歩く足がピタリと止まった。

「ねぇ、その話聞かせてくれる?」


 コツ……コツ…………コツ………………

 静かな廊下を、見回りの先生の歩く音が遠ざかっていく。

 私は教室の窓側のカーテンにくるまってじっとしてた。

 カーテンはこんもり人の形をしていたかもしれないけど、何とかやり過ごせたみたい。

 時刻は4時半になるところだった。

 この日の下校時間は3時55分だったので、校内に残ってる生徒は私だけだったと思う。

 私はゆっくり教室の外を覗いて、先生がいないことを確認すると、廊下を足早に進んでその先の女子トイレに飛び込んだ。

 私の目的はその、2年生用の女子トイレなんだ。


『4時44分、校舎2階北側女子トイレの一番奥の個室の前で、上半身を逆さにして股の間から覗きながら、

「こはなさん、こはなさん、こはなさん、こはなさん」

 と4回呼んで4回ノックすると、「こはなさん」という小さな女の子が現れて、呼んだ者を死へと導く…………』


 こんな噂が、一部の1年生の女子たちの間で盛り上がっていた。

 学校の怪談なんかで『トイレの花子さん』っていうのは有名だよね? でも、『こはなさん』は聞いたことがない。

 なんで『はなこさん』じゃなくて『こはなさん』なんだろう? そういう名前なんだから仕方ないけど。

 とにかく、もしそんな女の子が本当に中学校のトイレに現れるとしたら、普通じゃない。

 それって、絶対『異変』だよね?


 トイレの中は、外の夕暮れと校舎内の静寂が混ざり合って、不気味な空間に感じたよ。

 ポチャン……という手洗い場の蛇口から落ちた水滴の音で、飛び上がりそうになった。

 奥の個室までゆっくり歩く。

 靴ノ下中学校の校舎はかなり年季が入ってて、古いからトイレもボロくて、壁のタイルなんか剥がれて黒い染みが侵食しているところもあった。

 オバケが出るには、雰囲気としてバッチリな場所だと思う。

 そして、奥の個室の前に立つ。ごくりと唾を飲みこんでから、


「……こはなさん」


 声をかける。

 当然返事はないし、閉まったドアの向こうに気配も感じない。

「こはなさん……」

 2回目の呼びかけ。トイレに私の声が響くだけ。

「こはなさん……」

 3回目の呼びかけ。一拍おいてゆっくり口を開ける。


「こはなさん……」


 まだ何も起こらない。右手で拳を作ってそーっとドアに近づける。


 ……コン。

 ……コン。

 ……コン。


 ………………コン……


 しばらくじっと待った。けど何も起こらない。

 やっぱり『トイレのこはなさんの噂』は、誰かが面白半分で流した文字通り噂でしかなかったのかな……?

 そう思いながら、ゆっくりドアを開けたその瞬間、


 ストン…………っ


 私の視界をさえぎるように、目の前に何かが落ちてきたの。

「わっ」と声を出して後ずさると、



 それは、逆さ吊りになった女の子だったんだよ。


 真っ白な顔で、無表情のおかっぱ頭。頭から水をかぶったように濡れている。

 逆さ吊りだから髪の毛が乱れるはずなのに、重力を全く無視したように整ったまま。

 身体は小さいけど、うちの中学校の女子の制服をぶかぶかな感じで着てる。


 おかっぱ頭と同じで、スカートもめくれることなく天井に向かって垂れ上がっている。

 そして足には縄が結ばれていて、それが天井に伸びている。

「あの……」

 私が話しかけようとすると、急に強烈な立ちくらみが来て、頭の中に音と映像が飛び込んできたの。

 音は、いろんな人がバラバラに歌う靴ノ下中学校の校歌。

 映像は、トイレとはちがう学校のどこかの教室?

 そのすみに人だかりができている。一人を背の高いいくつものあやしい影が取り囲んでいる。


 囲まれているのは、中学生くらいの女の子。顔はこはなさんにそっくりだけど、白い着物のようなものを身にまとっている。

 女の子はこはなさん同様、頭の先からぐっしょりと水に濡れている。

 あやしい影たちは、女の子を取り囲んだまま無表情で見下ろしゆらゆらと揺れている。背の高さから先生なんだろうか?(わからないけど多分大人だとおもう)

 物音を少しでもたてたら、あやしい影たちが女の子から私にターゲットをかえて取り囲んで来そうだったから、ふるえる足を必死に両手でおさえながら気配をおし殺していたけど、女の子が私以上におびえていたので、

「や、やめて!!! こはなさんを解放してあげて!!!」

 勇気をふりしぼって私は叫んだ。

 すると、視界を炎が包み始めた。

 火の熱さとコゲ臭さで目が開けられなくなって、ギュッとつぶると、映像が霧のようにパッと晴れて無くなった。

 視界には、さっきと同じように、逆さでぶら下がる濡れた少女の姿のこはなさんがいた。

 今の映像は何だったんだろう……? こはなさんの過去……?

 こはなさんは無表情のまま、目の前にいる私を見すえてる。

 ……こはなさん、怒ってるの…………?

 特に用もないのに呼び出したんだもんな。

 こはなさんが昔、何らかの事件に巻きこまれたのだとしたら、怖い気持ちの中に同情のおもいがわいてきて、心がズキンと痛くなった。

 すると、ぶら下がっているこはなさんは全く表情を崩さないまま、スーーーっと右腕を前に持ってきた。

 その動きに反射的に横に飛び退く。

 こはなさんは、人差し指で前を指している。

 でも見ると、その無表情の目は横にそれた私じゃなくて、まっすぐに前を見てる。

 そっちに視線を向けると、そこにはタイルの剥がれ落ちた壁があるだけだった。



「こはなさん……?」

 声をかけても、彼女は変わらず指を前に向かって指している。


 ……ひょっとして、こはなさんは私に何かを伝えようとしてる?


 私は壁を見た。汚い壁。黒い染みがじっとりと覆っている。

 しばらく考えてハッとしたの。私はこはなさんが伝えようとしてるものに気づいたんだ。


 こはなさんはトイレの壁を指差している。だから答えはこの中にある。

 タイルが剥がれた壁。その剥がれ方は『ある物』と同じ形。

 そして黒い染み。『ある物』を使えば答えは浮かび上がってくる。


「異変って、全てがどこかで繋がってるのかもね……」

 私はそう言うと、持っていた学校カバンから、存在しない生物部の鯖江くんから理科室でもらった下敷きを取り出した。


「この下敷きのマジックのぐちゃぐちゃ、適当に塗りつぶしてあるだけだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ」

 私は、下敷きを壁のタイルが剥がれた場所に重ねた。

 すると、下敷きのマジックと壁の黒い染みが合わさって、余白部分から白い文字が浮かび上がった。


『うらやまのはかば』


 …………『裏山の墓場』


「これを教えてくれたんだね、ありがとう」

 こはなさんの表情は、変わらないままだ。

「私わかったよ。あなたが何で『こはなさん』って呼ばれてるのか。


 トイレの『花子』さんを逆さにしたら『子花』。

 だから『こはなさん』なんだよね?」

 こはなさんの反応はない。それでも私はかまわず言ったんだ。

「いつまでも逆さなんて嫌だよね? お礼ではないけど……」

 カバンから筆箱に入ったカッターナイフを取り出すと、手を伸ばしてこはなさんを逆さ吊りにしているロープを切ったんだ。

 こはなさんは逆さのまま落ちた。

 その頭が地面に着く瞬間に、


「わらひ………ひた……」


 こはなさんは私に向かって、何か言葉を発した。

 でも、開かれた口の中の舌が切れてなくなっていて、何を言っているかわからなかった。

 それでも、その表情は柔らかくなったように見えたんだ。

 そのままこはなさんは、地面にスーーっと溶けていった。


「まだ帰ってなかったの! 何やってるのこんなところで!」


 見ると、O原先生がトイレの入り口に立ってた。

 さっき叫んじゃったからだ……と気づいて私はバツが悪そうな顔をした。

 その後、下校させられるために、O原先生に付き添われて校門まで行った。

「あなたを見つけたのが生活指導の先生たちじゃなくて良かったよ。こってり絞られちゃうから。今日のことは内緒にしておくね」

 O原先生は、悪そうな顔をして笑った。


 私は考えると、別れ際に聞いてみたんだ。

「O原先生って、この学校の昔のことを知っていますか?」

「……私は今年赴任して来たから。なんでそんなこと聞くの?」

「何年か前に、この学校の生徒で、学校内で何かの恐ろしい事件に巻きこまれて亡くなってしまった子がいるんじゃないかな? って」

「え……」

「この学校には、何か異変が起き始めています。もし何か見たり感じたりした時は、私や生徒会のみんなに協力してくれたら嬉しいです」

 そして「さようなら」と言うと、O原先生に背を向けた。そこへ、

「阿久津さん」

 先生の声が飛んできた。


「…………その学校で起きた恐ろしい事件というのはわからないけど、50年も前なら、確かに異変にあった女生徒がいたよ…………。


名前は『阿久津ミユキ』。


あなたと同じ『阿久津』いう名字の子。」



 立ち止まった私の足元を、ヒュゥゥと冷たい風が吹き抜けていったんだ…………。


 靴ノ下中学校の異変の謎を調査して真相に行き着くつもりが、謎が増えちゃった……。

 こはなさんは私に真相へのヒントを教えてくれたけど、思い出して欲しいんだ。

『トイレのこはなさんの噂』は、呼んだ者を死へ導く……。

 心が一瞬通じたようにみえたこはなさんだけど、彼女が教えてくれた真相には『死』が待ってるのだとしたら……………私がやっていることはとてつもなく危険なんだろう。

 それでも異変調査を続けるよ。

 でも、もしその調査の途中で『危ない』と感じたら、その先の調査日誌の記事にかけるロックのパスのメモは、破棄するかもしれない。

 生徒会のみんなには助けて欲しいけど、恐ろしい事件には巻きこまれてほしくないから…………。




***


ユウ:……やっぱり、靴ノ下中学校の過去に、異変の真相を解く鍵がありそうですね……。

テンマ:そう鍵! 鍵なんだよ鍵! 相変わらず残り二つの調査記事にもロックがかかってるし。

ユウ:しかもここからの調査は危険だから、阿久津さんはパスの紙を残してない可能性がありますよ……。


テンマ:どうするチヒロ? 何かいい案はないか?

チヒロ:(窓の外を見ながら)あぁ。 うん……。 

テンマ:おい! しっかりしてくれよぉ!

ユウ:……や、やっぱり僕らの調査もここまでにしますか……?

テンマ:馬鹿いえ! 真相の果てで阿久津さんが立ち往生してるんだ。

真相に向けて突き進むに決まってんだろ! 俺たちは異変の聞き込みと記録を続けるぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る