パパ活編
第1話 案件:伊達美代子、初期症状
伊達美代子は船橋市の千葉県立船橋KM高校に通う17歳の高校2年生で、最近、自分の太ももの内側に赤い発疹が広がっていることに気づいた。最初は「汗疹かな」と軽く考えていたが、日に日に消えないその跡に不安が募った。彼女にはその原因で思いつくことがあった。
鏡の前でスカートを捲り上げて見つめるたび、心臓が締め付けられるような感覚がした。彼女は誰にも言えず、夜遅くにベッドでスマホを手に持つ。指先が震えながら検索バーに打ち込んだのは「発疹 性病」。画面に映し出された「梅毒」の症状写真を見て、美代子は息を呑んだ。そこには彼女の肌と同じような赤い斑点が並んでいた。
「まさか、私が…?」
美代子は目を閉じ、布団をかぶって現実を拒んだ。彼女は数ヶ月前から「パパ活」を始めていた。お小遣い欲しさと、どこかで感じる退屈な日常への反抗だった。相手はいつも優しく、危険なんて感じなかった。でも今、彼女の頭を埋め尽くすのは後悔と恐怖だ。「もしこれが本当なら…誰にも言えない。親にも、学校にも…」
夜が明けるまで眠れず、枕に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
翌日、学校の授業中も上の空だった。ノートにペンを走らせるふりをしながら、頭の中では「どうすればいいか」を考え続けた。友だちの笑い声が遠くに聞こえ、自分だけが別の世界にいるようだった。昼休み、トイレの個室にこもって再びスマホを開く。AIチャットに「性病 検査 匿名」と打ち込むと、船橋市保健所やセルフ検査キットの情報が返ってきた。「匿名なら…バレないよね?」
美代子は保健所に行く勇気が出なかった。人目につくかもしれないし、知り合いに会ったら終わりだ。そう考えると胸が締め付けられ、息が浅くなる。結局、「自宅でできる検査キット」が彼女にとって唯一の救いに思えた。
放課後、船橋駅前のローソンに立ち寄った。マスクを顎まで下げないよう気をつけ、財布の中のバイト代とパパ活で得たお金でAmazonギフト券を4,800円分購入。スマホでAmazonを開き、梅毒検査キットをカートに入れ、コンビニ受け取りを選択して注文した。
3日後、同じローソンで店員に目を合わせず小包を受け取り、家に帰ると、母親が夕飯の支度をしている隙に自室に駆け込み、ドアをロック。キットの説明書を手に持つ指が冷たく震えていた。採血用の針を手に持つ瞬間、涙が溢れそうになったが、「知らないよりマシ」と自分に言い聞かせて刺した。小さな血の滴りを容器に落とし、封をしてポストに投函するまで、彼女の心は張り詰めた糸のようだった。
数日後、スマホに届いたメールを開く手が止まらないほど震えた。「梅毒抗体陽性」の文字が目に飛び込む。美代子はスマホを床に落とし、膝を抱えて蹲った。「間違いだよ…キットなんて正確じゃないよね?」
頭の中は否定と希望でぐちゃぐちゃだった。ネットで調べると「偽陽性」の可能性があると分かり、少しだけ冷静さを取り戻す。「もう一度、ちゃんと検査しよう。保健所なら…確実だよね?」
彼女は保健所のサイトで予約を入れ、匿名で受けられることを何度も確認した。陽性ならどうしよう、という恐怖はあったが、「知らないままの方が怖い」と自分を奮い立たせた。
3月28日、春休み中の平日。美代子は船橋市保健所へ向かった。JR船橋駅からバスに乗り、「保健所入口」で降りる。マスクとキャップで顔を隠し、周囲を気にしながら建物に入った。受付で「予約した者です」と小声で告げると、番号札を渡され待合室へ。そこには彼女と同じように俯く人々がちらほらいる。美代子は膝の上で手を握り潰し、心の中で呟いた。「お願い、陰性であって…」
採血はあっという間に終わり、結果を待つ間、彼女の頭は最悪のシナリオで埋め尽くされた。「もし陽性なら、学校にバレる? パパ活のことまで知られたら…」
30分後、個室に呼ばれた。部屋に入ると、白衣を着た40代くらいの女性が椅子に座って待っていた。彼女は穏やかな声で話し始めた。
「こんにちは、結果をお伝えしますね。検査の結果、梅毒の抗体が陽性でした。これは治療が必要な状況です」
美代子は目を逸らし、震える声で呟いた。「…キットでも陽性だったんですけど…間違いじゃないんですか? もう一回できないですか?」
女性は首を振って、落ち着いた口調で答えた。「こちらの検査は精度が高いので、間違いの可能性はほぼありません。でも、心配なら別の方法で再確認もできます。ただ、治療は早めに始めた方がいいですよ。放っておくと進行する病気ですから」美代子は、NHKの大河ドラマで、吉原の女郎が梅毒に罹って、鼻がもげたりする場面を思い出した。
涙が溢れ、声が詰まりながら美代子は言った。「…私、どうしたらいいか分からないんです。誰にも言いたくない…親にも、学校にもバレたら終わりで…」
女性は優しく、しかししっかりした口調で続けた。「気持ちは分かります。でもね、この病気は私たちに報告義務があるんです。感染症法で、梅毒は5類感染症に指定されていて、診断したら保健所に記録しないといけないの。あなたの個人情報はここで管理されて、外部に漏れることはありません。ただ、治療のために病院に行く必要はあるから、そこは覚悟してください」
美代子は顔を上げ、泣きながら叫んだ。「記録に残るって…誰かにバレるってことですよね? 私、17歳で…こんなことになるなんて…」
女性は穏やかに微笑み、安心させるように言った。「大丈夫、バレることはないですよ。記録は公衆衛生のためで、個人を責めるものじゃない。私たちはあなたを助けるためにいるんです。治療すれば完治する病気だから、落ち着いて一緒に考えましょう。ただ、一つ補足すると、治療しても抗体の陽性反応はしばらく残ることがあります。これは病気自体が治っていないわけじゃなくて、過去に感染した証拠が体に残るだけ。治療が成功したかどうかは別の数値で確認するから、そこは安心してね」
女性は一呼吸置き、少し真剣な顔つきで続けた。「それとね、千葉県の梅毒患者数の話をしておくと、ちょっと深刻な状況なの。国立感染症研究所のデータだと、2019年は県内で年間225件だった報告数が、2022年には1,074件に跳ね上がってる。2023年はさらに増えて、10月時点で既に1,200件を超えてるわ。2024年もこの調子だと過去最多を更新する勢いで、特に若い世代での増加が目立ってるの。あなた一人じゃないけど、このまま放っておくと、もっと広がる可能性があるってことを分かっててほしい」
美代子は目を丸くし、涙が止まった。「そんなに増えてるんですか…?」 その言葉に、彼女の頭の中で過去の記憶がフラッシュバックした。
あれは去年のこと。同級生に教えてもらったとおりに、スマホで裏垢作って、#P活船橋って呟いたら、すぐDM来たんだ。
『初回イチゴ(1万5千円)で茶飯(お茶や食事だけ)どう?』って。
船橋駅のカフェで会ったおじさんは優しそうで、『諭吉(1万円)2枚で定期(月契約)は?』って提案してきた。
私は『大人(性的関係)はNG』って言ったけど、『プチ(挿入なしの行為)ならイチゴでいいよ』って笑ってた。
あの時、緑(LINE)を交換して、何回か会ったっけ。『太P(高額払うパパ)見つけた!』って浮かれてた私、バカみたい…。
保健所の人が言うみたいに、安全日でうっかりナマでされちゃった時、うつったのかな?その後、私が誰かにうつしたのかな?
あああ、どうしよう!どうしよう!どうしよう!
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