第4話 破断ノ一閃

「■■、■■■■■――――ッッ!!!!」


 黒龍の咆哮ほうこうとどろく。

 漆黒の翼が空を翔ける。


「――吶喊とっかんする!」


 迫り来るフェルニゲシュに対し、こちらも突撃。一気に距離を詰める。


「っ、咆哮だけで、この圧力とは……暁!?」


 食堂を飛び出す時に見えた、澪の心配そうな表情には胸が痛んだが、フェルニゲシュの攻撃を一発たりとも背後にらすわけにはいかない。


 なら仕掛けるのは、接近戦のみ。

 俺はアンファングを振りかぶり、振り下ろされた黒龍の右爪を受け止めた。


「……二回も攻撃を止められて、ご立腹りっぷくか?」

「■、■■■■、■■■――――!!!!」


 光刃と右爪の間から激しいスパークが散り、熱気と閃光が空をいろどる。


 まずは互角。

 人類敗北の歴史からすれば、一撃相殺しただけで偉業いぎょうなのかもしれないが、今この状況ではどうでもいいことだ。


 俺は即座に刃を返し、黒龍も左腕をいだ。


「これで三回目だな」


 またも激突。まばゆい光が弾け散る。

 そこからは、四回、五回――と、何度も刃と爪を交錯こうさくさせながら、互いに空へと・・・舞い・・上がって・・・・いく・・


 ティタネスが現れる前の時代のRPGゲームでは、空中戦ギミックは大体がストーリー終盤で最初の町に戻る時ぐらいに解禁されていたらしいが、俺たち特装兵士ソルダートにとって空は身近な存在だ。

 現に大抵のシュラウドには、特装兵士ソルダートのエレメントを動力とする空戦能力が備わっている。


 巡航ミサイル以上の火力を有し、戦車以上の堅牢けんろうさを有し、戦闘機以上の機動力を有する存在が人間サイズに凝縮ぎょうしゅくされている。

 それが特装兵士ソルダートの有用性だということだ。


 であれば、最新式のシュテルクストも、飛行機能を有するのは当然――いや、それ以上だ。


「この馬力ばりき……機動性……」


 シュテルクストのエレメント放出能力と空戦能力は、学園の訓練機の比じゃない。

 最大限性能を引き出してやれば、フェルニゲシュが相手だとしても――。


「やれる、このシュラウドなら!」


 戦斧一閃。

 全力で振り下ろした一撃によって、黒龍の小指の爪を破断。

 鋭い刃のような爪が、地面に落下していく。


「■、■■■■■――ッ!?」


 その直後、漆黒の尾が眼前をいだ。

 フェルニゲシュの尾による一撃テールアタック。凄まじい風圧だ。

 この一撃だけですら、堅牢けんろうな校舎を真っ二つに割ってなお、地面を砕くほどの威力を持つのだろう。


 だがこれは、奴が攻撃する意図で放ったのではなく、俺を払い除けて距離を取りたいがための消極的な一撃。

 こんな一撃に当たってやるものか。


「■、■■■■■――!?!?」


 刃を返すように再び、漆黒の尾が迫って来る。

 身をひるがえして攻撃を避けるすれ違いざま、その黒龍の尾から鮮血が舞う。

 俺の左手に収まっている、ショートソード――“ルーエ”での一閃が、奴の尾を裂いていた。


 普通なら、たかが短剣でそんなことができるのかと疑問に思うだろうが、漆黒の尾とすれ違う瞬間、俺はルーエの刀身をエレメントで強化。攻撃力を高めていた。

 その結果、巡航ミサイルの爆炎を物ともしない黒龍のうろこ――その内側に刃を通していた。


 でもこれで終わりじゃない。

 たたみかけるのは、今だ。


 ルーエを引っ込めると、新たな武装を展開。

 “クライネ”――シュテルクストの開発企業によって、そう名付けられている射撃武装を呼び出した。


らえッ!!」


 引き金を引けば、俺のエレメント――漆黒の弾丸が射出される。

 銃口から放たれたのは、弾丸の雨。


 そう、このクライネは、銃身が縦に二つ並んだ形状の二連装サブマシンガンであり、近接戦用にチューンアップされたシュテルクストにとっては、唯一の射撃武装だ。

 当然、マシンガンという性質上、精密無比な一撃も、黒龍の火砲ブレスを思わせる極大の砲撃も放てないが、連射性能と取り回しの良さにけている。


 威力と命中精度が心許こころもとなくとも、敵に近付きながら弾雨だんうを浴びせていけば、着実にダメージを加えつつ動きを鈍らせることは可能だ。


「■、■■■■■■――!?」


 現に少しでも距離を取るべく高度を上げようとしているフェルニゲシュに対し、俺も追いすがりながら弾雨だんうき散らしている。

 尾や爪、牙による迎撃をかわしつつ、体のあちこちに次々とへこみ傷が生じているのだから、致命傷にはならずともウザい事この上ないはずだ。


 それにこれだけの追撃を加えられるクライネだが、この武装は左手だけで扱えることが何より大きい。

 残った右手には、主兵装――アンファングを展開しっぱなしであり、黒龍の身体を攻撃範囲にとらえた時には、射撃のかたわら、その光刃でいくつもの斬撃痕ざんげきこんきざみ込んでいる。


 いかにもドラゴンといった感じの豪快ごうかいな戦法を封殺し、着実に相手を追い込んでいると言っていいだろう。

 戦闘の主導権は、確実に俺にある。


 後は一撃、致命傷さえ加えられれば――。


「■、■■■――!!」


 フェルニゲシュの首がしなり、口から火球が吐き出される。

 最初に斬り伏せた極大の火砲とは違い、単発の火球。

 少しでも溜めが必要な技は使えないと割り切って、威力が低くても取り回しの良い遠距離攻撃に切り替えてきたのだろう。

 どこかの誰かが弾雨をばら撒いているように――。


 だがやはりというべきか、フェルニゲシュの火球は、これしか手がないという悪あがきに過ぎない。

 俺がアンファングでの近接戦を補助するべく、クライネを呼び出したのとは意図が違う。

 所詮しょせんは、小手先だ。


「今更こんな攻撃が通用するか!」


 右腕を横にぎ、放たれた灼熱の火球を斬り飛ばす。

 そもそも初撃の大出力を斬り伏せているのだから、至近距離で撃たれようと威力の劣る火球なんて恐れるまでもない。

 当然の結果だ。


 その一方、俺が更に距離を詰めようとした瞬間、またも眼前を漆黒の尾がいだ。

 しかし今の一撃は、さっきまでとは明らかに違う。

 ちゃんと攻撃を避けたのに、それでも全身を絡め取られそうなほどの風圧をまとっていた。


「なるほど、目くらましか……」


 今の火球は、俺の目を塞ぐための陽動ようどう

 攻撃自体は通じずとも、数瞬の間を取れれば、それでよかったのだろう。


「■、■■■■■――――!!!!」


 なぜならフェルニゲシュの四肢と両翼、尾の全体には、バーナーを思わせる紅蓮の光が激しくまとわりついており、それが奴の攻撃にこれまで以上の破壊力を与えているのだから。

 つまり奴は、この姿になるために必要な溜めを、さっきの火球で稼いだわけだ。


 第二形態とでも言うのか、本気モードとでも言うのか。

 何にしても、初めて見る姿だ。

 管制官のお姉さんや教員連中も、今頃は開いた口がふさがらなくなってるかもな。


 というか、途中で校内放送が途切れたままだけど、管制官は無事なのか。

 それに生徒を守りながらマンティコアや他のティタネスの相手をしている澪はともかく、訓練機を展開した援護要員が一人も、こっちに来ないのも妙な話だ。

 まあ澪以外の奴に来られても、戦力的には邪魔だろうけど。


 とはいえ、戦況が混乱を極めているのは、確かな事実のはず。

 一体、下の連中はどうなって――。


「■、■■■■■■――――!!!!!!」

「分かってるって。お前を無碍むげにしたわけじゃない。でもダラダラってる時間もないらしい。だから、次で決める!」


 言葉が通じたのかは分からない。

 だが俺と奴は、図ったように身体を絞り、最速で空を翔けた。


「■■、■■■■■■■――!!!!!!」


 紅蓮の軌跡を残して雄大ゆうだいに舞う、漆黒の竜皇。

 その翼と爪が放つ紅蓮光が更に勢いを増し、それぞれがエレメントをまとった刃の如く巨大化する。


「ッ、はぁああああああぁぁっっ!!!!!!」


 俺はマシンガンクライネを格納し、戦斧アンファングを両手持ちに変更。

 漆黒の光刃を巨大化させ、最大出力へと突入する。

 エレメントの過剰供給でアンファングが悲鳴を上げているが、今は前に進む以外に道はない。


 いや、この一撃で道を切りひらいてみせる。

 ただそれだけを胸に、天空を翔けた。


 そして加速が最大に達した時、互いに裂帛れっぱくの叫びを上げて全力の一撃を激突させた。


 その瞬刻しゅんこく――暴力的なまでの破壊の波動が吹き荒び、鮮血の華が空に舞った。

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