第3話 シュラウド起動

「――ッ!?」


 周囲に衝撃が走り、この場の誰もがよろめいた。

 半分以上の生徒が床に膝を突き、何人かはひっくり返っているほどだ。


 突然の揺れ。

 起こった現象的には、地震かとも思えるが、これは確実に足元が振動したわけじゃない。まるで上から殴りつけられ、建物全体を揺らされたかのような――。


『シールド、突破されました! 生徒の皆さんは、緊急対応マニュアル“F”で対応してください! 繰り返します、生徒の皆さんは――――』


 オペレーターの指示がスピーカー越しに響き渡る。

 必死に絞り出したであろう声音によって、現状の緊急性を嫌でも胸に刻みこまされた。


「これは……最悪ですね」

「ああ、まさか直接乗り込んで来るとは……」

「ちょっ、暁も竜ヶ崎さんも、落ち着き過ぎじゃね!? つーか、いつまで引っ付いてんのぉ!?」


 このエデンの空は、シュラウドの防御装備を応用した半球状のシールドによって、常に守られている。

 並のティタネスであれば、まず突破できない代物らしいが、並みじゃない敵には大した効力がなかったらしい。


 そして緊急対応マニュアルFとは、重要拠点であるエデンに敵性勢力の侵入を許した場合のみに発動される緊急作戦オペレーション


 生徒は各自シュラウドを起動し、各々の判断で敵に対処せよ――という作戦だ。


 もっと簡単に言うなら、順番待ちも学園からの許可もクソもなく、さっさと格納庫かくのうこに走ってシュラウドを起動し、なんとかして敵を倒せということ。

 具体的な作戦指示なんて次元じゃない。

 もう敵に懐深く潜りこまれていて、どうにもならない状況を意味している。


 恐らくエデン創設以来の――マジでガチの緊急事態だ。


「専用機を持ってる奴と訓練機を借りてる奴以外は、さっさと体育館に逃げろ!」

「て、テメェッ!? それは今俺が言おうと……ッ!?」


 俺の発言をアデルがさえぎり、更に奴の自己主張を遮るように二度目の衝撃が走る。

 今度はもっと近い。食堂付近の壁に大穴が開いた。


「■、■■■■■■――――」


 そこから顔を覗かせるのは、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな四肢を持ち、獅子ライオンにも似た獰猛どうもうな顔と、サソリに似た尾を持つ幻獣――マンティコア。

 オペレーターが言っていた、中量体ミドルクラスのティタネスはこいつだろう。


 更にマンティコアの背からは、残りの軽量体フライヤークラス――“ゴブリン”と“アルミラージ”までもが姿を見せる。


「いいから行け! 死にたいのか!?」

「ひっ……ッ!?」


 生徒のほとんどがきびすを返し、一斉に走り出す。

 完全にパニック状態だが、学園に侵入した団体さんのほとんどが、食堂ここに押しかけてきている。

 シュラウドも持たずに、ボーっと突っ立ってるよりは何倍もマシだ。


 もっとも、元から人がごった返していたせいで、避難までにかなり時間がかかりそうだが。食堂のおばちゃんたちもいるしな。


 ちなみにゴブリンやマンティコア、フェルニゲシュみたいな種族名とは別に挙げられている階級については、文字通りティタネスの強さや大きさから判別されたものだ。


 軽量体フライヤークラスは一般モンスター。

 中量体ミドルクラスが章ボス。

 重量体ギガトンクラスがラスボス。


 RPGゲームとかで例えるなら、こんなところだろう。

 澪の最悪という言葉は、まさしく現状を端的に表していた。


「■、■■■■――――!!!!」


 そしてマンティコアの咆哮ほうこうと共に、ティタネスたちが牙をく。

 学園は戦場と化した。


「参ります。“斬煉ざんれん”――ッ!!」


 左腕の感触が消えたかと思えば、澪の姿が光に包まれた。

 すると、学生服ではなく、蒼黒の戦闘装束を身にまとった澪が姿を現す。

 その手には、身の丈ほどの大剣――“葬凶そうきょう”が収まっている。


「ふっ――!」

「■、■■――!?」


 大剣一閃。

 飛び掛かって来たゴブリンが頭頂部から真っ二つに裂ける。


「遅いですよ。あくびが出るほどに……」


 更に澪の手には、光と共に新たな武器――“凱牙がいが”が呼び出され、視線すら向けずに投擲とうてき

 牙をした短剣でゴブリンの頭部を射抜いたばかりか、余剰パワーでその体すらも吹っ飛ばして壁に叩きつける。


「■、■、■■――――?」


 恐らくは自身が絶命したことにも気付かぬまま、二体の尖兵ゴブリンは血だまりに崩れ落ちた。


「す、すげぇ……」


 戦場の真ん中にたたずむ澪に対し、デリックを含めた誰もが言葉を失う。


 澪が手にした二振りの剣には、紫の光――彼女のエレメントの輝きが宿っている。

 これが澪が持つ専用シュラウド――“斬煉ざんれん”の戦闘形態。


「腰を抜かしてる場合か? お前は・・・、さっさと逃げろ」

「暁……?」


 昔の軍用装備と比べれば、普通の服にしか見えない戦闘装束だが、その防御力はゴテゴテした防弾ジャケットとは比べ物にならないほど堅牢けんろうにできている。動きやすさもだ。


 しかも日常から武器を持ち歩く必要もない。

 シュラウドに格納した武装を戦況に応じて展開、体内から湧き上がる力――エレメントをまとわせれば、軍用ミサイルすら通じないティタネスに対抗し得る唯一の力となる。


 これがシュラウド。

 これが特装兵士ソルダート――エレメントを宿した戦士の戦い。

 最先端の戦闘手段。


 まあ澪を一般的な基準にするのは、他の生徒には少々酷だろうがな。


「あ、アデル君っ!? ぁ……痛いッ!?」

「くそっ! どけぇっ! こんな状況、聞いてねぇぞ!? 何が楽園エデンだよ! 簡単に攻められてんじゃねぇか! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなァ!!」


 最前線に飛び出した澪のおかげで、他の生徒たちにも多少の落ち着きが戻った。

 であれば、シュラウドを持たない一般生徒が次を・・期待するのは仕方ないことだろうが、専用シュラウドを持つ学年次席は、なんと全力で敵前逃亡。

 取り巻きの女子生徒を蹴り飛ばし、肩を掴んで引き倒し、少しでも早くこの場から離れようと必死になっている。


「口だけかよ!? あの単細胞!」


 ついさっきまで、俺が最強みたいな顔して格の違いを教えてやるって言ってたのが、この有様とは。

 あまりに無様。呆れて怒る気も失せた。


「こんなところで……死んでたまるかよぉぉっ!!」

「ッ、きゃぁああああっっ!? あ、ぁぁ……ぁ、っ……いやぁァっっ!?」


 アデルに首根っこを掴まれて引き倒された女子生徒が、机の角で顔面を強打した。鼻が曲がって前歯が何本か折れてるっぽいが、よく見ればさっきの土下座コールを始めた奴だ。

 まあ足は無事だし、どうせ勝手に逃げるだろう。


 正直あまり心配したい相手じゃない。

 他のアデルハーレムもな。


「な、なぁ……行かせちまっていいのか? だって、アイツ……」

「本来なら澪と協力して戦うべきだろうが、あんなのがいても足手まといにしかならん」

「でも一番ヤバい奴がまだ見えねぇって言っても、敵のほぼ全部がここに来ちまったんだぞ!? ああ、もう! 格納庫の近くにいる連中は何やってんだよ!? 全然援護に来ねぇし!」

「だから落ち着けって」

「暁は良いのかよ!? 竜ヶ崎さん一人に全部任せちまって! ってか、あんだけ無駄に食堂が混んでたのに、ホントに誰もシュラウドを借りてねぇのか!? みんな逃げてんじゃん!」


 武器のつもりだろうか。

 デリックは食堂の椅子いすを持ち上げながらそう叫ぶ。


 半泣きで他の生徒を蹴飛ばしながら逃げる、学年次席アデルと取り巻きたち。

 一方の落ちこぼれデリックは、自分が無力だと分かりながらも必死に恐怖を抑え込もうとしている。


 どうやら世の中には、成績や訓練の評価だけじゃ測り切れない事がたくさんあるらしい。

 だからこそ、死なせるわけにはいかない。


「お前、やっぱり良い奴だな」

「え……っ?」

「心配するな。澪一人に任せるつもりはない。それに状況を悪化させる天才も、中々の土産みやげを残してくれた」

「ちょっ、それ・・って!?」

「起動状態のまま放り出してくれたおかげで、セキュリティを突破する手間が省けたな」


 デリックは俺の手元を見て、ギョッとした表情を浮かべる。

 当然だろう。

 俺が持っているのは、アデルの専用シュラウド――“シュテルクスト”。

 臆病風おくびょうかぜに吹かれた学年次席が、無様にも放り捨てていった機体なのだから。


「俺はこのまま行く。お前は逃げろ。それから、今持ってる椅子いすは置いてけよ。どうせ役に立たん」


 茫然ぼうぜんとしているデリックの肩を叩いて撤退を促した直後、俺は床を蹴った。


「――お前も食堂の床で寝てるだけじゃ不満だろ? 今は力を貸してもらうぞ……シュテルクスト!」


 そして俺の身体が光に包まれると、黒と金を基調とした戦闘装束が展開される。

 しかし勢いのまま、一気呵成いっきかせいたたみかけようとした瞬間、突如として背筋が凍るような感覚を覚えた。


 マンティコアとは比較にならない、全身が圧し潰されそうな殺気によって――。


「■、■■■■■■――!!!!!!」


 強烈な咆哮が響き渡り、分厚い壁越しにでも膨大な熱気を感じる。

 建物の壁で外の光景こそ見えないが、何が起きているのかは明白だろう。


 黒龍の火砲ドラゴン・ブレス


 今まで学園の別の場所を攻撃していたであろうフェルニゲシュが、ここに向かって灼熱を放った。

 俺と澪――二つの強大なエレメント反応にかれて、戦略目標を変えたってところか。


「暁ッ!?」

「澪は下の連中を頼む! 火砲アレは、俺が……」


 シュテルクストの主兵装である、両手持ちの戦斧――“アンファング”を頭上で何度か回した後、長物をしっかり振り回せるよう足を開きながら眼前に構える。

 すると、先端の上下にある刀身の中心に細長い溝スリットが展開され、そこから漆黒のエレメントがうなりを上げた。


 俺のエレメントで形成された光の刃。

 その光刃を元からある実体の刀身にまとわせて、破断力を強化する。


 形状的に敵に向ける側の片刃が特に大型化しているのと、身の丈ほどの柄の長さも相まって、全体的なシルエットとしては、戦斧より大鎌の方が近いのかもしれない。

 主兵装が長剣ロングソードじゃないのは不満だが、見た目はスタイリッシュで結構イケてるかもな。


 ちなみに俺と澪でエレメントの色が違うのは、使用シュラウドの違いではなく、指紋や声紋と同じ個人の差。

 デリックはオレンジの光だし、アデルは――確か金に近い、黄土おうど色をしたエレメントだっただろうか。


 まあいい。とりあえずは――。


「叩き斬る!!」


 背中が正面を向くほど腰をじり、アンファングを振りかぶる。

 そして漆黒の大刃をななめに振り下ろし、迫り来る極大の火砲を斬り伏せた。


 その直後、破壊の波動が四散し、地鳴りの如き衝撃が周囲を駆け抜ける。

 食堂は全壊。屋根や壁といった物は、灰すら残さず消し飛んだ。


 でも呆然とこちらを見る生徒たちは、一人たりとも死んでいない。

 まるで建物だけが吹き飛び、中にいた俺たちだけが不自然に生き残っているかのような光景だろう。

 そりゃ俺がブレスを斬ったから、当然ではあるんだが。


 もちろん、九死に一生を得たと胸をで下ろしてる場合じゃない。本当に大変なのはここからだ。


「ご対面か。凶星きょうせいから現れた……災厄の黒龍……」


 フェルニゲシュ――人類に歴史的敗北をもたらした最強クラスのティタネス。

 そんな怪物が途方とほうもない存在感をまとって、眼前にたたずんでいるのだから。

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