第5話
久しぶりの街並み。
小学生の頃に住んでいた街に戻ってきた。
懐かしむ為に帰ってきた訳では無いけれど、久しぶりにあの頃に戻ってもいいかとも思う。
あの何も考えることもなかった、幸せな日々が詰まったあの頃。
駅を少し離れた住宅街。
大きな木のある公園の目の前のアパート。
そこで私は小さい頃住んでいた。
大好きなパパと、大好きだったママと。
幸せだったのに、いつの間にかその日常は狂ってしまった。
あいつが私達の前に現れたから。
パパは苦笑いしながら言っていた。
「ママは悪くないんだ。俺があいつよりいい男じゃなかったから。もっと俺がママをちゃんと愛していれば。」
何度もそう話しては後悔しているような口ぶりだった。
「パパ・・・私絶対あいつに復讐するから。」
私はそう呟くと、その場を離れた。
「沙莉ちゃん、ごめんな、前の子が自習室で教えるスケジュールでな。わざわざ足運んでもろて。」
塾に着くと、頭を掻きながら翔生さんが出迎えてくれた。
「いいえ、久しぶりにこの街に来れて新鮮な感じです。」
私は笑みを浮かべながら辺りを見渡した。
あいつのいる塾。
初めて来たけれど、あいつの姿は見えなかった。
「部屋予約したから。」
「はい。」
翔生さんに促され廊下を歩いていると、1つの部屋のドアが開き、女の子が出てきた。
「今日もありがとう、好孝先生!」
体が硬直した。
ふっと顔を上げると、そこには数年前に見た変わらない姿。
「ああ、何か困ったことがあれば何でも聞いてな。」
優しく語りかける声。
あの時パパと私に謝ってきた時と変わらない声。
間違いない、あの男だ。
女の子が去ると好孝はこちらに歩き始め、翔生さんに会釈しながらまた部屋に入っていった。
「好孝先生、ほんまにええ男やなあ。ずっとスケジュールカツカツやし。」
「毎日出勤されてるんですか?」
「そうやで。生徒の質問にも遅くまでしっかり聞いてくれるし。評判ええし。」
自習室に入った後、好孝の話を振ると翔生さんは息をついて話し始めた。
「そう、なんですね。」
「沙莉ちゃんも好孝先生がいいと思うとる?」
寂しげに言う翔生さんが少し可愛いと思いながらも、私は笑みを浮かべた。
「どうですかね。その方がもっと問題解けるなら考えます。」
「そんな沙莉ちゃん〜!俺頑張るから担当変えんといて!」
情けない声で言う翔生さんに笑いながらも、私はさっきの好孝のことを思い出していた。
ニコニコ笑う何を考えているか分からないあの笑顔。
昔は王子様みたいと憧れが少しあったが、あの事があってからその幻想は無くなった。
掴んだチャンスだ。
これは逃してはいけない。
「翔生さん、お願いがあるんですけど。」
「どしたん?」
「たまにここで勉強教えてもらってもいいですか?」
私の家庭を壊してあんな楽しそうに生きているのは、許せない。
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