24 ノルさんとの火祭り
それから噴水広場に移動して、わたしとノルさんは祭りの夜を楽しみました。
ぼっと
軽快な音楽。
そして
とうに陽は落ち、あたりは暗いですが、ここだけは昼間のように明るく陽気な世界が広がっています。
「ノルさーん、夜ご飯ですよー!」
「おお、おつかれさん」
わたしは両手に飲み物と串焼きを持ってノルさんの横に座りました。
串焼きはアルバさんおすすめのお店から。
飲み物はソフィアさんからの提供です。
お父さんがジュースの屋台を出しているとかで、さきほど広場でお会いした時にいただきました。
「どうぞ」
小さなお顔の前にリンゴジュースが入った木の器を置いてあげると、ぴちゃぴちゃと可愛らしい舌を出してノルさんがジュースをがぶ飲みしています。
かわいいです。
げふっとゲップ。
いまのはかわいくないです。
「しかしまぁ、今日は疲れたなぁ。結局またリックの母親探しで半日潰れちまったぜ」
「まぁまぁ。よかったじゃありませんか。無事に再会できたんですから」
「そうだけど、子供のお守りとかマジ勘弁。──しっかし仲のいい夫婦だよなぁ。ノルさんも、将来はああいう美人な嫁さんが欲しいよ」
「わたしはそれになんとコメントしたら」
リンゴジュースの
「両親の、家族の仲が良いことが一番ですよね。一緒にいるのに心が離れていては寂しいものですから」
「ほう……。そんな言葉が飛び出すってことは、ロゼんとこもやっぱり仲良し家族だったりするのか?」
「いえ、逆ですね」
「逆?」
首をひねるノルさんに、わたしは懐かしくもあまり思い出したくない記憶を語ります。
「わたしの両親は、いつもわたしのことで喧嘩をしていて、気づいたときにはふたりとも居なくなっていました。ですので子供のころはお祖父様の家でお世話になり、成人してからはずっと一人で暮らしていました。だから、あんな風に仲の良いリックくん一家がすこしだけ羨ましかったりしますね」
「……」
眉を寄せて見上げてくるノルさんの背中を撫でて、わたしは苦笑を浮かべます。
小さい頃のことです。
記憶にあるのは父と母の口論する姿。
決まって喧嘩の理由はわたし。
──どうしてあの子の魔力はあれほどに弱いのか。
生まれつきでした。
優れた魔力を持つ一族の中で、わたしだけがその才に恵まれなかった。
だから両親は自分を捨ててどこかへ行ってしまったのだとお祖父様が話していました。
「──」
ノルさんの背中から手を離して、わたしは
ほの暗い闇の中。
静かな炎に照られて、ぼんやりとうつる人々の姿は手を伸ばせば届くのに、掴むことのできない、なんともいえないもどかしさ。
家を出ていく両親の姿と重なって、わたしの心に影を落とし──
(いけませんね。ノルさんが困っています)
パチンと炎が爆ぜる音を聞き、わたしは現実に舞い戻ります。
さきほどからだんまりを決めこむノルさんに、そういえばとわたしは豚串を掴みます。
──ここはおいしいご飯でも食べて、このしんみりとした空気を吹きとばしましょう!
そう思って、わたしが横を向いた時でした。
「俺がいる」
隣から聞こえてきた、その声は。
ノルさんがわたしをまっすぐ見上げて目を細めます。
「ロゼの隣には俺がいる。いまはそれで充分だろ?」
「ノルさん……」
わたしがぽつりとこぼすと、今度は慌てるようにふわふわの毛を逆立てて、
「な……なんだよ! なにか不服か? ウサギの戯言なんて耳に入らないっていいたいのか⁉」
可愛らしくぷいっと顔を背けてしまいました。
どうやら拗ねてしまったようです。
その様子がなんだか可笑しくて、でも嬉しくて、わたしはくすりと笑うとノルさんを持ち上げ、膝の上に乗せました。
そうですよ。
いまのわたしにはノルさんがいます。
こんなにもモフモフで、温かな家族が。
横をむけばいつだって彼がいる。
楽しいときにはさらに楽しく。
寂しいときにはこんな風に寄り添ってくれる家族がいるんです。
だから、寂しくなんかありません。
わたしは爆ぜる炎を見て微笑みました。
「ふふ。ノルさんは、わたしにとってのかがり火ですね」
「かがり火? どうした急に」
「いいえ、なんとなくそう思っただけです。──それよりも、こちらを食べましょうか!」
じゃじゃん!
串焼きです。しかも塩味。
袋から取り出した串焼きを見て、ノルさんがヨダレを垂らしています。
わたしの服につけないでくださいね?
「お、塩か。いいな、さっそく食おうぜ」
「ああ、待ってください。いただく前にこちらを」
豚串にかぶりつこうとしたノルさんの鼻先を手のひらで制して小袋から塩を取りだし、ぱらぱらと。
香草の薫りがふわりと広がります。
ハーブソルト。
せっかくですからこちらをかけていただきましょう。
串から豚肉をひとつ外し、手のひらに乗せてノルの口元に持っていくと、ぱくり。
ノルさんが勢いよく頬張ります。
熱いのか、口をハフハフさせています。
「知っていますか、ノルさん。むかしは魔女の作る塩は、どんな病も癒すと言われていたそうですよ」
「ほふ? そうなん?」
「ええ。お塩は魔を
「ほーん、なんで? 塩なんざ誰が作っても一緒だろ?」
「うーん……。ちょっと難しいお話をするとですね?」
と、前置きしてから、わたしは追加の塩を肉に振ります。
「この国の魔導師たちは、すこし前まで神官や祭司と呼ばれていて、薬師を兼ねていることが多かったそうです」
ぎゅむ、と肉を口に詰め、
「
「ふむ……食いながら喋るなと言いたいが、まぁさすがにその分野は詳しいのな」
「もちろん。わたしは
「それ関係なくね?」
ふふんと胸を張るわたしにつっこむノルさんです。
「ほれ、話もいーけど。残りの分、さっさと食わねぇと肉が冷えて硬くなっちまうぞ? ノルさんがぜーんぶくっちまってもいいっていうなら、遠慮せずにいただくが?」
「あ! 駄目ですよ、ノルさん。それはわたしの分なんですから取らないで下さい」
「わーってるよ」
「とか、言って。ちゃっかり一本持っていっていますし……」
「けちけちすんな。無くなったらまた買いにいけばいいだろーが」
「まったくもう……」
ノルさんが豚串からしたたる脂を小さな舌でペロペロと舐めとっています。
ウサギに肉。
うーん、シュールです。
可愛くないなぁと思いながらも祭りの炎を眺めてわたしも豚串にかじりつきました。
「うん、
家族と並んで食べるご飯は最高です。
どうか、この時間がいつまで続きますように。
わたしは美しい星空に祈りました。
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