19 女神に会いました

「──っ⁉」


 すさまじい光と音。

 まさか運良くカミナリが?

 それとも神のイカズチですか? 

 エルフィードおじさまの、的中率二割の普段は当たらない占いが、いまここで当たっちゃったんですか!?


 ──なんてひどく狼狽えながら、うっすらとまぶたを開ければ、しかし空は晴れています。

 青空から下に視線を滑らせると焼け焦げた魔獣の死体に、砕けた魔石。


 いったいなにが起きたのでしょう。

 わたしが状況を整理していると、近くの茂みががさりと揺れました。

 出てきたのは可憐な少女です。


 ──え、誰ですか?


 淡い金髪に、紫帯びた銀の瞳。

 まるで聖女を連想するような静淑せいしゅくな佇まい。

 神官服をまとった美しい少女はゆったりと口を開きました。


「よう、怪我はねぇか? 姉ちゃん」


 …………え?


「ほら、立てるか」

「あ、はい。ありがとうございます」


 右手を差し出され、わたしはおずおずと彼女の手を掴んで立ち上がります。

 なんともワルイドなハスキーボイス。

 せっかくの可憐な見た目が台無しです。


「ロゼ! 無事か⁉」

「? ノルさん?」


 振り返ると、ノルさんが息を切らして駆けてきました。

 わずかに残る瘴気に、苦しいのでしょう。

 わたしの足元までやってくると、「ああ、大地が俺を包み込む……」とか言って突っ伏してしまいました。


 まあ星霊に瘴気は毒ですからね。

 頭のほうにも回ったのでしょう。

 それよりも。

 ノルさんが喋ったというのにこの反応。この少女はいったい何者なのでしょうか。


「あの、ノルさん、この方は……?」

「ん? あのあとコイツと出会って、お前がピンチだろうと思って連れてきた。えーと、名前はなんだったか……アルゴ? オルバ?」

「アルバだ。──あんたは?」


 魔獣の死体を確認してから、少女──アルバさんがこちらに歩いてきました。

 白の上衣に、藍色のスカート。

 フィーティア機関の神官服です。

 わたしは強く杖を握って、警戒しつつも名前を告げます。


「……ロゼッタ、と申します。ええと、アルバさん、でしたか。助けていただきありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると、「おう」と片手をひらひらされました。

 悪い人では無さそうですが。

 それでも、あの組織とは極力関わりたくないというのがわたしの本音です。

 アルバさんは仰います。


「悪かったな、ロゼッタさん。この近くで移送中の魔獣が逃げ出した。そこの自称星霊様が、あんたの居場所を教えてくれなかったら助けられなかったよ。危うく民間人を巻き込むとこだったぜ」

「はぁん? なんだと? 自称じゃねぇし、さっき説明しただろうが!」


 ノルさんがぐわりと身を起こしてわーわーわーと喚いています。

 ですがアルバさんはなんのその。

 ノルさんを無視して倒れた女の子の傍にしゃかみこむと、ぺちぺちとその頬を叩きました。

 パチリと開く青の瞳。

 いまので目を覚まされたようです。


「あなたがたは──……」

「──ソフィアー!」


 林の奥からさきほどのおじさまが走ってきます。

 娘さんの姿を見つけると、勢いよく抱きつきました。


「ソフィア! よかった、無事で……」

「お父さん痛い、うざい、離れて」


 お父さん涙目です。


 おじさまが女の子──ソフィアさんに経緯を説明すると、ソフィアさんはわたしを見つめてなにやら恍惚こうこつとして表情で両手を組み、


「危ないところを助けていただき感謝を申し上げます。わたしの名前はソフィア。あなた様のお名前をうかがっても?」

「ロゼッタ、といいます。……えっと、見ての通り魔導師です、氷の」

「そうですか。ではこのご恩はいずれ必ずお返しいたします、氷の魔導師様」


 まるで女神を仰ぎ見るようなソフィアさんの視線にわたしは少々引きながらも悪い気はしません。

 感謝されるのは嬉しい。けれど、


「い、いえ。わたしはなにも……」


 魔獣を倒したのはアルバさんです。

 ふたりとも、わたしがやったと勘違いされているようですけど、違うんです。

 ノルさんの手柄ならともかく、他人の功績を横取りするほどわたしは図々しい女ではありません。


 それにこういうのはモヤッとします。


 ですのできっちり「仕留めたのアルバさんですよ」とお伝えすると、親子はアルバさんにもお礼を述べました。


 そのうえで、「あなたが駆けつけてくれたから娘も私も助かったんですよ」と、おじさまはにこやかに笑いました。

 ソフィアさんもうんうんと頷きます。


 それならオッケーです。

 いっばい褒めてください。


「ところでよ。そっちの親子は分かるが、あんたは何でこの森に? いまは森狼の被害もある。よほどのことがない限り、森に近づく奴はいないぜ?」


 それは何気ない質問なのでしょう。

 こちらの素性を疑うとかではなく、純粋に疑問に思ったようで、アルバさんはわたしの右足を指して聞いてきました。


 下を向けば、ひざに切り傷が。

 ぱっくりと裂かれた皮膚が生々しいやら痛々しいやら、あの鳥め。


 ソフィアさんからケーキ柄のハンカチを受け取りひざを押さえてわたしは口を開けます。


「ここへは依頼で──って、あ! 土! 土採るのを忘れてました!」


 しまった。

 魔獣の件もあり、すぽんと頭から抜け落ちていました。

 土、土、土、いい土はいずこに⁉


「土? あんた、土売りかなんかなのか? そうは見えねぇけど」


 アルバさんが首をかしげます。

 土売りなんて職業があるのは初耳です。

 わたしは自己紹介も兼ねて、店の窮状と依頼の話を交えながら、ここまで来た経緯をアルバさんたちに説明しました。


「──ああ、そういうこと。なら、さっさと袋に土詰めようぜ」


 貸して、と言ってわたしの手から砂袋をひったくると、アルバさんはそのへんの土をかき集めました。

 あ、できれば栄養満点な土でお願いします。


「……お父さん」


 ソフィアさんがひじでおじさまの脇腹をつついて、なにやら伝えているようです。

 おじさまは頷くと、にこりと笑顔を浮かべて言いました。


「よかったら、うちと直接取引しないかい? 店を通さなくて済む分、野菜が安く手に入るよ」

「え!」


 つまり、どういうことですか?

 きょとんとするわたしにおじさまが苦笑しながら教えてくれました。

 ふむふむ。なるほどなるほど。

 こういうことのようでした。


 ①農村(生産者)→おじさま(卸商おろししょう)→王都の野菜売り(小売)→わたし(消費者)から、


 ②農村(生産者)→おじさま(卸商おろししょう)→わたし(消費者)とルートがひとつ短縮されるため、そのぶんわたしは仕入れが安く済む、とのこと。


 はい、ポカーンですね。

 専門用語満載でむずかしいです。

 ともかく野菜が安く買える、わーい! とだけ覚えておこうと思います。


 なお、卸商おろししょうとは運搬兼問屋さんみたいなもので、おじさまはお店を持たないタイプの商人さんだそうです。

 扱う商品は野菜。

 農家から直接買い取ったものを王都まで運んで顧客(お店や貴族の屋敷)に卸しているとのことでした。


 ソフィアさんがスッと前に出て、相変わらず暗い空気オーラを背負って、おじさまから話を引き継ぎます。


「助けていただいた恩もありますので、今後は特別価格でロゼッタお姉様の店までお父さんが食材を運びます。いかがでしょう?」

「ありがとうございます。──え? お姉様?」

「よかったな。なんか丸くおさまったみたいで」


 土を詰め終わったらしいアルバさんが砂袋を渡してくれました。

 ズシッと腕にかかる砂の重み。

 そんなわけで、土と、商人さんとの直接契約ゲットです。やったー!

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