02 星霊様に出会いました
「さてと、そろそろ行きますか」
わたしは休憩がてら読んでいた本をぱたんと閉じて立ち上がり、重い鞄を背負い直して出口へと向かいます。
早いことにあれから一週間。
徒歩での旅となり、いまは小さな山を越えて次の村まで移動中です。
ここは、そんな途中に立ち寄った古い遺跡のなか。おそらく白を基調とした造りだったのでしょう。
とうに色あせた灰色の壁を指でつついてみると、冷たく硬く、不思議な触り心地。
廊下らしき通路を歩けば、いくつもの小部屋が並んでおり、室内には古びた机や椅子。
針時計。
ベッドなんかも置かれています。
ずいぶん広い建物のようですけど、家、でしょうか?
「これ以上は行けそうにないですね……」
壁が崩れていて先には進めそうにないので、わたしは来た道を戻ることにしました。
ひんやりとした壁に手を添え遺跡の外に出ると、今度は黄色の花畑が見えました。
ひとまずこのあたりでお昼にしましょうか。
「水、水っと……」
近くを流れる川をのぞけば可憐な魔女がこんにちは。
はい、わたしですね。
腰までまっすぐ伸びた黒髪に、涼やかブルーな大きな瞳。
魔女っぼい黒のローブを着た正真正銘の魔女であるわたしは実は人間ではありません。
古くはエルフィーとか、エルフと呼ばれた森の民であり、人間よりもはるかに長い寿命を持つわたしたちは人間の容姿と比べると、ほんのちょっとだけ耳の先が尖っています。
木の葉のような形、と言えばいいでしょうか?
ですから、人里に降りる時はこうしてフードを被って耳を隠しているわけですが、いまは誰もいませんからね。
わたしはフードを脱いでカバンから目当てのものを引っ張り出します。
サンドイッチ。
薄く切ったベーコンと野草をパンに挟んだ簡素な昼食ですが、これがまたおいしいんですよね。
「んん?」
幸せ気分でお昼をもぐもぐしていると、ふいに目の端でなにかが動きました。
ぴょこりと草影から顔を出す小動物。
ウサギです。
ニンジン色の毛並み。耳がくてんと垂れているようですが、そういう種類なのでしょうか?
「うーん、あんまり可愛くない子ですね……」
なんだか目つきがふてぶてしいし。
わたしはウサギから視線を切って昼食に戻りました。すると──
「んだと! こらぁ!」
どこからかオッサンの声が。
いえ、オッサン、とは失礼ですね。
ざらついた、オジサマの声でした。
きょろきょろとあたりを見れば、そこにいるのはウサギだけ。
つまり、気のせいでしょう。
わたしは早々に結論づけて、次のサンドイッチに手を伸ばします。
一瞬でした。
いきなりウサギが跳んできて、サンドイッチをかっさらい、一目散に森の奥へと消えていったのでした。
「……」
え? まじですか?
呆気に取られるとはまさにこういうこと。
そして数秒遅れて沸き立つ怒り。
あのウサギ、捕らえてサンドイッチの具にしてくれる……!
わたしは急いで荷物を背負って、ウサギを追いかけました。
そうして着いた先は大樹の前。根元に大きな穴が空いています。
そこからから聞こえてくるのは文句の嵐。
塩気がどうだの、味が濃いだの。
失礼ですね。
というかこの声、あなたですか。
オッサンさながら気だるげに横たわっていたウサギ──いえ、会話が可能のようですからウサギさんとでも呼びましょうか。
ウサギさんは立ち上がると、とことこと巣穴から出てきました。
昼食泥棒、お覚悟を。
「塩気が強いですか、そうですか。こんにちは」
「うおう⁉ こ、こんにちは……?」
「さきほどはよくもわたしのお昼を盗りやがりましたね。返してください」
冷たく見下ろし手のひらを向けると、ウサギさんは『うぐっ』とうめいて、一歩さがりました。
「悪いがそいつはできない相談だ。なぜならさっき食っちまったからな!」
「では、代わりにあなたを
「あぶっ⁉ はっ⁉ よろしくねぇよ! なにこの嬢ちゃん怖い……」
ずんずんずんと近づくわたし。
目をつぶって縮こまるウサギさん。
わたしは膝を折り曲げ、小さな額をペチンとこづくと彼に質問しました。
「サンドイッチの件は水に流してさしあげます。ですが、代わりにひとつだけ質問に答えてください」
「質問?」
「この森の出口はどこですか」
「……出口? なんだ、嬢ちゃんもしかして迷ったんか?」
「ええ」
実はウサギさんを追いかけていたらけっこうな森の奥まで入ってしまい、帰り道がわからなくなってしまったのです。
ですから訊ねてみたのですが、
「そっか。そりゃあ大変だなー……って! おい、おかしいだろ!」
「?」
「いやいやいや! そこで首をかしげるなよ! 俺、俺っ! しゃべってんぞ!?」
「それがどうかしましたか?」
「ええ……ウサギが人の言葉しゃべったら驚くだろ普通……」
そうでしょうか?
賢い動物なら人語を理解するものですし、なによりこの世界には『精なるもの』がたくさんが存在します。
精霊とか、妖精とか、オバケとか。
呼称はさまざまですけど、わたしの師匠も『
ですから、ウサギがヒトの言葉をしゃべっていたところでなんら驚きません。
そのように伝えると、なにやら盛大に抗議されました。
「いっとくけど、ノルさんはオバケなんかじゃないぜ? れっきとした星霊だ! 間違っても、そーいう怪しいもんじゃありません!」
「星霊……ですか」
「そうそー。精なるもの。不思議な生命体。森の神秘。まさに精霊(星霊)ってな!」
その場でくるりと一回転。
そうですか。興味ナイです。
わたしが無言で立ち上がると、心なしかウサギさんが残念そうな顔をしました。
「それで出口は?」
「ええ……超クールな子。まあ、いいけど。出口なら、あっち。西の方角に進めば人里に出る。こっから一時間くらいか? そんなんで着くよ」
「ありがとうございました。それではさようなら」
「ちょいまち」
ウサギさんがわたしを引き留めます。
「嬢ちゃん、このへんじゃ見ない格好だが……どこから来たんだ?」
「……
「大陸湖? あー、こっからまぁまぁ遠いところにある湖のことか」
わたしがいるこの大陸──エール大陸の中央部には大きな湖があるのですが、わたしの故郷である〈
中島、ですね。
湖の真ん中に隠された島にあるので、地図にも載っていない秘密の里です。
「なんでそんな遠いところから来たんだ?」
「ユーハルドという国に向かうためです」
「ほーん、あぶねぇぞ? 若ぇ嬢ちゃんがひとりで森に入るなんて。変なやつに襲われたらどーするんだ?」
「大丈夫です。こう見えてもわたしは魔女ですから」
「魔女?」
「はい。わたしは氷の魔女のロゼッタ。火の魔法が得意なんです」
「氷なのに、火なん?」
その質問にはスルーしておきました。
「そういうわけなので、わたしの心配は無用です。今度こそサヨウナラ」
「待て!」
「なっ──!」
いきなりローブを引っ張られ、前につんのめるわたしです。
「あんた、魔法が使えるってことはけっこう強いのか?」
「……ええ、とっても」
「自分で言うんだ。──まあいいや。それならさ、ちょいと力を貸してくれよ」
話を聞くと(勝手に話してきただけですけど)、どうやらこの森に魔物が出るんだそうです。
魔物?
え? その魔物の相手をしろ?
このウサギ、わたしに死ねと仰っているんでしょうか?
「お断りです」
「頼むよぉー!」
頼まれても。
諦めの悪いウサギさんはヒトのローブを引っ張り、あーだこーだと喚いています。
わたしはローブを脱ぎ捨て、つかつかと歩き出しました。
「さようなら。そちらのローブは餞別にさしあげます」
「助けてくれたら何でもするから! お前の下僕にでもなってやるからぁ──!」
なんですと?
「それは、本当ですか?」
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