初年次ゼミ
陸造
第1話
初年次ゼミからもう1年が過ぎている。
「先輩、本当に困ってて、どうやってテーマを決めたんですか?」
目の前にいる後輩は、目を真っすぐ私に見据えながら困った表情をしている。
部屋の壁に設置されている時計を見ると午後3時半を指し示している。二人ともジャージに着替えているし練習道具もグラウンドに準備した。部活が始まるまで、まだ時間がある。
「私が1年の頃も本当にテーマ選びは大変だったんだ。どこから話そうかなあ…」
「あたし、絶対これがいい、だってかわいいもん」
教室内は、それぞれの班がゼミのテーマについての話し合う声でざわざわしている。
楓が興味を示しているのはK市に最近出現したラッコの生息についてのアイデアだ。自然の中にいるはずのラッコが街中の港に現れるのは本当に珍しい。この案を採用するとなるとどうして街中にラッコが現れたのかを調べる環境系のテーマということになるだろう。
「いや、俺はカーリングについて調べる方がいい。街のチームがいなくなるなんて大事件だし、少しでもカーリングに興味を持ってもらった方がいい」
荻原はペンを左手でペンを回し、手で顔の横を支えている。
たしかに街にとって唯一のプロチームがいなくなって試合が行われなくなるのは寂しいし、題材としてはタイムリーだ。
「ちょっと、そのペン回しやめてくれない!?迷惑なんだけど」
「いやいや、このペンを回していると気分が上がるんだよ。アイデアも湧いてくるし」
楓が不機嫌そうな態度を前面に漂わせながら荻原を睨みつける。
「わかったよ。やめるよ」
荻原はペンを静かに机の上に置いた。“コトン”という音が鳴ると同時に会話が止まり、その場に沈黙が訪れる。
「はい、そこまで。時間が来たので今日の話し合いはここまでにしましょう」
ゆったりとしていて、落ち着きのある声で教室中の話し声が静まる。
ゼミの話し合いの時間はここまでであるとわかり、少しホっとする。
「再来週には、ゼミのテーマをグループごとに発表してもらいます。発表の代表者は1人です。発表の方法はゼミの最初に渡した方法に則ってください、おっと、その前にチームズにレジュメを投稿しておくのを忘れないようにしてくださいね。それでは今日のゼミはこれで終わります」
紙やシャープペンシルをしまう音が教室中に響く。先生が教室のドアを開く。先ほどまでの緊張感が教室から外に抜けきった。安堵感が訪れる。それと同時に締切が迫っているという不安が胸の中に広がる。
このあとはすぐにグラウンドへ向かわなければならない。先輩が来る前に到着して準備をしておく必要がある。すぐに鞄にレジュメと筆記用具をしまい、鞄のチャックを閉めて立ち上がる。
「それじゃあ、また来週!」
鞄を持って教室の出口に向かう。廊下をでて体育館の方向に向かおうとすると馴染みのある声に引き留められた。
「やっほー、楓、このあと部活?」
この声を聞くと、気分が一気に明るくなる。
「うん」
「そっか、なら一緒に行こう」
廊下ではいつも取りとめのない話をしている。昨日のドラマにでていた俳優がすごく良かったと?とか、昨日の休みに行ったケーキ屋はどうだったとか?そんな何気ない普通の会話でもどんよりとした気分を癒すには十分だった。
「そういえばうちのゼミのリーダー、バイト始めるって言ってて」
「うん」
「舞は大学のすぐ目の前のコンビニでバイトしてたよね?」
「うん、そう」
「うちのリーダーもそこでバイトするって」
リーダーというからには真面目そうな人かな。
「えっそうなの?どんな人?」
「うーんとね。すっごく真面目そうな人、だけど、性格はくすごくいいよ。気配りとかめっちゃできるし、舞とすぐ仲良くなれると思う」
「ふーん、そっか」
「それじゃあ、私はここで、じゃあね!」
体育館の前までたどり着き、満面の笑みを見せ、千沙は急いで更衣室に消えていった
新しいバイトか。3か月前からバイトを始めたけど、まだ全然バイトの仕事に慣れてなれてないし、仕事を教えるなんてことにはならないと思うけど、まだ1年生は入ってきていないし、楽しみかも。
スマホの時計をふと見ると、3時30分だった。4時から陸上部の練習が始まる。先輩たちがくる前に着替えたり、用具を準備しなければならない。
「私も急がなきゃ」
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