第21話 勝ちのち負け

☆☆☆


「君には甲斐性というか、男としての本能が欠如してる気がするのだが。」


「まだ続けるんすかこの話。てか酷い言い様ですね、先輩。先輩は覗きが甲斐性だとか思ってるんすか?それなら早急に改めてください、そんなもんは要らんですよ。」


「うむ、しかしだな...そうだ、君は据え膳という言葉は知っているかい?」


「据え膳?」


「そう、据え膳。『据え膳食わぬは男の恥』ということわざがあってだね。このことわざは...」


「ああいや、説明はいらないっす。どうせ碌なことわざじゃないし、字面から何となく意味は察したので。」


できるだけ隙を与えない。これが俺がこの数日で得た教訓だ。付け入る隙を与えてしまえば、相手のペースに乗せられてしまう。だからバスっと区切るのだ。この人から聞く言葉だもの、絶対ありがたい話じゃない。


「むう...あ、ではこういうのはどうだ?」


咲月先輩はニヘラと笑って言う。


「今ここには、君と私の2人だけ。実のやつは、この状況を察して颯爽と部屋を出たわけだが…はて、君は先輩の顔に泥を塗るつもりかい?」


今度は悪魔的かつ人情に訴えるという、下衆的な発想によるアプローチをかけてきた。先輩の攻め方、いろいろなバリエーションがあって面白いよな。


で、それに対する俺の回答はこうだ。


「はい」


「そうか、では…え、はい?」


咲月先輩は目を丸くしていた。


「えぇ、はい。泥でもなんでも塗ってやる所存です。出てこいや実先輩。」


どこかでガタッと揺れる音がした気がするが、気のせいだろう、多分。


「えー…なにそれ。もう少しこうさ、なんかないわけ?」


「ないですよ。俺、こういうのに屈しないって決めたんです。先輩をたてるとか、人情とか…そんなものは一切考慮せずに、嫌なことにNoっていえる人間になろうって。」


「嘘でしょ…」


咲月先輩は信じられないものを見たような表情をした。やはりこの手に限る。こういうのは、先に呆れさせたほうが勝ちなのだ。


「純粋な君はどこに行ったのさ。先輩を敬って素直に言うことを聞く君は何処へ?」


「無限の彼方へ吹っ飛ばしてやりましたよ、そんなやつ。真面目なほど、体力が削られるってわかったんでね。」


「吹っ飛ばすな戻って来い、カムバック!」


「ノーカムバック、絶対に。」


「ね、一回だまされたと思ってさ。ね?」


「それで蓋開けてみたら、マジでだまされてるってオチなので、いやです。ほら俺はもう行くんで、さっさと着替えてくださいよ。じゃ!」


「えちょ」


俺はそう言って、部室を出る。これが俺が得た教訓のもう一つ、逃げ出すことだ。嫌なことに嫌とはっきり言おう!ノーモアハニートラップ!


「さあ、さっさと教室に...」


その時、聞いたことのある音が、スピーカーから聞こえた。ホームルームの時間を示す、チャイムの音だった。


「...」


逃げ出すことには成功したが、肝心の遅刻は免れなかった。勝負に勝って試合に負けるとは、まさにこのことだった。


☆☆☆

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