イチローくんの青春を語ろう

くるみしょくぱん

1話 月のように

東陽明高校2年。

原田はらだ 一郎いちろうは大きなあくびをする。


春のあたたかな空気が、

窓の外から入ってくるせいだ。


イチローは授業中にもかかわらず、

何度も気を失ってしまいそうになっている。


目をこすりながら顔を上げると、

先生と目が合った。


気マズい、と思った瞬間

福音ともいえるチャイムが鳴る。



キーンコーンカーンコーン



「はーい。じゃあココまで」


「起立、礼」


昼休みの開始とともに、

カーテンがズバッと開く。


クラスで一番目立つ片山かたやま 有紗ありさ

ハシャギ始めると、教室が一気に明るくなった。


彼女を中心として、

みんなの声が波のように広がっていく。


同時にみんなが動き出す。


急いで購買へ走る者。

友人のいる他の教室へ向かう者。


弁当を食べるために机をくっつける者。

まだ授業内容を復習している者。


動きはめまぐるしくて、とても元気いっぱいだ。


ニブいのは、イチローの前に座っている

村田むらた 頼子よりこだけである。


原因はクラスからのいじめだった。


イチローは頼子から視線をそらし、

スマホを取り出して、【バトルロギア】というゲームアプリを立ち上げた。


【バトルロギア】はどこにでもあるような、

課金ガチャで強くなれるソシャゲだ。


ログインボーナスは朝のうちにもらっていたので、

テキトーにミッションをこなすことにした。


コンビニで買ったパンをかじっていると、

お知らせ欄がピコンと光った。


『悪に染まるメメントモリ・ラウテル☆』という、

中二病全開のハンドルネームが目に入ってくる。


<イチローよっす>


すぐに

ラウテルからのコメントが届いた。


ラウテルは1か月前にバトルロギアで知り合った、

顏も知らぬゲームフレンドである。


ちょっと話し方が特徴的だが、

悪いヤツではない。


<午前の授業マジでダルかった>


<それなー>


パンを食べ終わると、

すでに何度もクリアしたことのあるクエストに出発した。


対策済みのボスにあくびをしていると、

ラウテルが装備品を全部外して、飛びかかっていった。


<あちょちょちょちょww>


<アホすぎる>


裸一貫でボスと戦うラウテルに、

イチローは目を細めた。


<意外と装備無しでもイケるww>


<ホントだー。すげー>


ボスとのバトルは、

生暖かい午後をソコソコ盛り上げてくれた。


<次もすぐに行こうず>


<おー>


イチローの日々を一言でいうなら、

『わかめスープ』だ。


あたたかくて、トロリとにごっていて、

余計なことはあまり目に入ってこない。


だからいつも、

ぼんやりと浮かんでいられる。


<もう先生きたわ。グッバイまたねー>


スマホを片付けて顔を上げると、

教室には誰もいなくなっていた。


そういえば、

午後から移動教室だったっけ。


のろのろと立ち上がり、

牛乳パックをゴミ箱に放り投げた。


「あー眠くなってきた」


ゲームしている間は平気だったのに、

授業を意識したら急に眠くなるのは何でなんだろう。


窓から入ってくる光の強さが、

春の終わりを予感させた。


「暑いのは苦手だなぁ」


ぼやきながら教室をあとにしたイチローは、

まだ知るべくもない。


これから訪れる

予想もしていなかった青春の日々を。

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