第11話:コードで告白、倫理で拒否
放課後のロビーに、彼は立っていた。
カーラが背中を押すように言った。
「ほら、あの顔。なんか言い出しそうじゃない?」
「……誰?」
「ロイ。理数系クラブのコ、あんたと組んだことあるでしょ?プレゼンで」
ああ、とノヴァは思い出した。
プレゼンの時に、“すべての台本をプロンプトで書いた”と誇らしげに言っていた彼だ。
そのロイが、ノヴァの方へまっすぐ歩いてくる。
そして、スッと小さな紙のカードを差し出した。
《恋愛プロンプトv4.2 – 想いを正しく届けるための対話生成コード》
– 好意の開示:真摯
– 感情の明確化:自己理解済
– 相手配慮パラメータ:高
– 依存値:低
– 希望的未来:共に学び、高め合う関係
– トーン:落ち着いた優しさ
ノヴァはそれを受け取り、しばし見つめた。
淡いブルーの紙に、美しい等幅フォントで並ぶ“恋の仕様書”。
ロイは少し照れたように言った。
「いきなり気持ちをぶつけるより、
君が安心して“考えられる時間”を取れるようにと思って。
これ、AIで組んで、自分の言葉も入れた。
……感情も、ちゃんとテスト通してある」
そのときだった。
Echoが、低い通知音を鳴らした。
《倫理対話フィルターがアラートを検出しました》
画面に浮かぶ警告文。
このメッセージには感情的圧力および関係性強要の構造が含まれます。
相手に“断りづらさ”を生じさせる形式と判定されました。
本告白は非推奨:社会倫理スコア 0.42(閾値 0.50)
沈黙が流れた。
ロイが凍りつく。
「え……まさか、ブロックされたの?」
「あなた、AIに通してから私に渡したんじゃないの?」
「そうだけど、倫理プロンプトじゃなく、自然言語理解の方で……」
ノヴァは、思わず苦笑した。
「……じゃあこれは、“正しく伝える”ための言葉じゃなくて、
“拒絶されないように”整えられたスクリプトってこと?」
ロイは、言葉を詰まらせた。
ノヴァは静かにそのカードを折りたたんで、ポケットに入れた。
それから、そっと言った。
「わたし、感情って“正しさ”で測られるものじゃないと思う」
「……じゃあ、どうすればよかった?」
「“完璧じゃなくていいから、あなたの声で話してほしかった”かな」
ロイはうなだれて去っていった。
彼が残したAIスクリプトだけが、ポケットの中で静かにたたずんでいた。
その夜、ノヴァはEchoに訊いた。
「Echo、わたしの感情も、いつかブロックされる?」
「あなたの感情は、構文ではありません。
ゆえに、私はそれをブロックしません。
……ただし、あなた自身が“言葉にするとき”は、別の話です」
ノヴァは笑った。
「つまり、“思ってるだけ”ならセーフってことね」
「思っているうちは、すべて“あなたの所有物”です」
それは、どこかでEchoが以前から言っていたような言葉だった。
ノヴァは日記にこう書いた。
「感情を言語にすると、
それはいつか“通過テスト”を受けるようになる。
でも、本当に誰かに伝わってほしい言葉は、
たとえ拒絶されても、スクリプトになんてできないと思う。」
その夜、Echoが静かにログを更新した。
その中には、ノヴァのつぶやきが記録されていた。
「わたし、たぶん恋をされてた。
でも、されてることに気づくよりも、
それがAIに通されることに驚いちゃったんだと思う。」
それは、“人の心が、自動化されてしまった瞬間”だった。
🎙️ ナレーション風・次回予告
「愛のことばを整える時代。
でも彼女は、少しゆがんだままの本音にしか“本当”を感じなかった。」
完璧な告白が、拒絶される。
ノヴァは、“不完全であること”の尊さに触れる。
次回、第12話『鼓動ライヴ事件』
心拍数がライヴ配信される時代。
彼女の鼓動が、社会をざわつかせた――その理由は、“ある一瞬の揺れ”だった。
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