第6話 相席喫茶

「…あんなのどう見たって罠だろ」


「…そうっすねぇ」


「いっただきますにゃ!!」


「このっ、バカ猫!」


 あからさまな罠に訝しんでいたが、そんなことなどお構いなしと言わんばかりに薮を抜け眼の前の菓子へとまっしぐら。

 よっぽど携帯食料レーションの味が嫌だったのか、卓上を見つめる目はキラキラと輝いており、その喜びを体現するかの様に毛並みの良い尾が揺らめている。


 どれから食べるか悩んでいるのか、眉間にはシワが寄り顔つきは険しい。

 意を決し、欲望の赴くままケーキに手を伸ばす。


 が、伸ばした手は横からの妨害によってはたかれ、無情にもケーキに辿り着くことは無かった。

 ここまで来て我慢をさせるのかと憤り、邪魔をした本人に文句でも言おうと顔を上げるとそこには見知らぬ人物が立っていた。


 白髪交じりの銀髪を腰の辺りまで伸ばし、同じく白髪交じりの無精髭。

 頭髪は整えていないのかボサボサとしており、所々で毛が逆立っている。

 ぱっと見で言えば年嵩なのだが、初老とは思えないほど鍛え上げられた肉体をしており、身長が高いことも相まって異様な威圧感を放っていた。


 叩かれた当人リアスはそこにはシノアがいると思っていた分より驚き、脱兎の如くその場を離れる。そして全身の毛を逆立て、不審人物に威嚇の姿勢を取り始める。


 俺の後ろで。


「…おい、なんで俺を盾にするんだよ」


「この中で死んでも一番問題ないのにゃ」


「防御力が高いのはロークだろ!」


「それは俺が死んでも良いってことっすか!?」


「皆落ち着け!」


 取り乱した三人に代わってミサが一歩前に出ると、ゴホンと咳払いを一つ。


「パーティーメンバーが失礼を働いてしまい、大変申し訳ない。久方ぶりの美味しそうな菓子に目が眩んでしまったようだ、どうか謝罪を受け取ってもらえないだろうか…?」


 本来であればリアスが謝罪をするところなのだろうが、当の本人がなので俺たちのリーダーが頭を下げている。

 止められなかった俺にも非はあるので、一応俺も後ろで謝罪の意を示す。


 しかし、相手の方は謝罪を受け入れる気は無いのか、目を細めゆったりとこちらへ一歩近づく。

 迫力のある佇まいにミサが生唾を飲む音が聞こえる。

 何かあった時のために、ゆっくりと極夜ニクスへと手をかける。

 お互いが相手の動向を探るかのように動き、場の緊張感が高まっていく。


「ガッハッハッハ! いやぁ、すまんすまん! あまりに真面目そうなもんで、途中から揶揄っちまった!」


 すると突然、堪えていたのをやめた様に快活に笑い始めた。

 とりあえず争いごとに発展することは無さそうでホッと一安心する。


 だからほら、良い加減威嚇するのをやめなさい。

 シャーってしないの。


「オレの名はメイン・ザイール、見ての通りこのボロ小屋に住んでる」


 と。

 聞いてもいないのに自己紹介を始めたメインと名乗る目の前の男。

 どこから取り出したのか、木製の食器を卓上に並べてゆく。


 そこに並べられた食器は自分の分だけでなく、俺たちの分も用意してくれているのか多めに置かれていた。しかし、皿の枚数は何度数えてもここにいる人数より二枚分多い。


「今日はチビたちの誕生日でな。祝おうと思っていた矢先、さっきの爆発みてぇな魔力を警戒して隠れて様子を見てたんだ」


 そう言いながら、肩越しに小屋の方を指差す。

 そこには二人の少女がこちらを警戒するように、扉の隙間から覗いていた。


「そうだったのか、それは邪魔をしてしまって申し訳ない。実は私たちもその魔力元を確認した帰り道だったのだ。結局は何も分からなかったがな」


「ガッハッハッハ! そうかそうか! まぁ何も無いに越したことはねぇ!」


 そしてまた豪快に笑い出す。

 見ていて気持ちの良いおっさんだ。


「もう大丈夫だ!」


 メインの呼びかけに反応し、小屋から出てくる二人の少女。

 背格好や顔つきから一瞬で双子だと分かる容姿は、メインの趣味なのかフリルの付いたワンピースがとても良く似合っていた。


 人見知り気味なのかメインの後ろに隠れるように、左右から顔だけを出すとその様子を見たミサが肩を震わせ始める。


「かっ、かわいいっ…!」


 感動するのは勝手なのだが、少女相手に両手をワキワキとさせるのは変態っぽいので是非とも辞めていただきたい。


「オレの娘のモカとラテだ」

「…はじめまして」

「…です」


 カフェかここは。


 珍しい名前に驚きもするが、それよりもこの筋骨隆々のガチムチのおっさんとこんな可愛らしい双子がとてもじゃないが血が繋がっているとは思えない。

 モカと呼ばれた子はラテよりも濃い栗色をした髪をしており、どちらも癖っ毛なのかふわふわの髪を邪魔にならないようピンで留めている。


 いや、ほんと。遺伝子が仕事をしないでくれてよかった。


「最初の詫びも兼ねて、良かったら食ってってくれ。モカとラテも喜ぶ」


 ウチの現金な黒猫はそれを聞くや否や威嚇をやめ、いの一番に席へと座る。

 リーダであるミサは双子のことが気になってしょうがないのか、視線をチラチラと送りながらもリアスの隣へと向かう。


 残された俺とロークは顔を見合わせると、肩をすくめ御相伴に預かることにしたのだった。


             第6話 相席喫茶

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