第5話

あまり雨を降らせなかった梅雨前線はすでに北方に移動し、代わりに初夏の太陽がアスファルトを焦がしていた。


人々は薄着となり、それを楽しんでいたが、数日も経つと暑すぎると文句を言った。

昼間のコントラストのはっきりした世界は、夕方になるとミレーの絵画のように、全てのものに陰を忍び込ませた。


僕は光でも闇でもない、この曖昧な世界が好きだ。

美しいものには影を作り、汚いものはその汚らしさを隠す。


1994年の春から夏にかけて、たくさんの人が死んでいった。

ルワンダではジェノサイドがあり、アイルトン・セナが事故死し、飛行機が墜落した。


僕はその間も週に3日居酒屋でバイトし、大学で授業を受けた。

交流の輪が広がるにつれて、何人かは僕をからかい、馬鹿にしたが、何人かとは真剣に話をするようになった。

こうして友達の取捨選択が行われた。


ムツキをキャンパス内で見かけると、いつもメガネをかけた子と一緒に歩いていた。

その子は聡明そうであったけれど、どこか冷たさも感じる。


でも、そう感じるだけであって、本当は違うのかも知れない。

人は何も判断材料がないときは勝手にそのキャラクターを作ってしまう。

ただそれだけのことだ。


ムツキとその子が噂になったのは、この頃だった。


二人は付き合っているとか、レズビアンだとか、どこどこでキスをしていただとか。


僕は放っておけば良いと思うのだけれど、人々はそうではないらしい。


二人が歩いていると、なんとなく周りは遠巻きに好奇な目を向けたり、避けたりしているように見えた。

見えないオブラートが二人を包んでいるかのように、そこだけ光の屈折率が違うみたいだった。


珍しくムツキから連絡があった。

共通の知り合いを通じて聞いたところによると、ムツキが僕に相談したいことがあるらしい、とのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る