第11話 白い謝罪の声
黒い鹿のS級魔物『
「……なんだこれ」
足元に転がっているのは黒光りする石と見事なまでに禍々しい漆黒の角。
「魔石と角だな。
マルコスがしゃがみ込んで角を手に取った。
「これ……商会に持ってったら売れるかな?」
「……これは、かなり高く売れる。けどダメだ」
「なんでだよ」
「そんなもん売ったら、俺たちの実力がバレちまうだろ」
おい、カッコつけるなよ。さっきの戦闘中、魔法弾かれてただろ。
「俺たち、じゃなくて。倒したのセレナなんだけど?」
「……俺の時間稼ぎがな、勝負の分かれ目だった。非常に重要な、ナイスアシストだっただろ?」
「……アシストっていうかセレナに邪魔って言われてただろ」
「ぐっ……」
マルコスが胸を押さえて膝をつく。たぶん心にダメージが入った。
「まぁ、そういう事にしといてやるよ」
「とりあえず、その魔石と角は家に保管しておくからな」
「なあ、セレナの強さがバレるのってまずいのか?」
「いや、セレナの強さがバレるのは別に問題ねぇよ。……問題は、お前がこっちの世界に還って来てるって事がバレることだ」
その言い回しに胸の奥がわずかにざわついた。
「……誰に?」
「川島家の残党さ。今も復讐のために戦い続けてる川島家・ゼルト派の奴らに、お前が戻って来たって知られたら奴らは放っといてはくれねぇ」
なんとなくだがマルコスの言いたいことが分かった気がする。つまり俺が還ってきたと知ったら川島家はきっと言うんだろう。『復讐を果たせ』と。『川島の名を継ぐ者として戦え』と。
「……マルコスは実際どう思ってるんだよ?」
率直に訊くとマルコスは、空を見上げながら少しだけ笑ってみせた。
「俺だって……仇を討ちたいって気持ちはあるよ。ゼルト派の奴らと同じくらいにはな。セレナもシラスも、そうだ。でも」
言葉を区切りマルコスの声が少しだけ低くなる。
「……あいつらのやり方は好きじゃねぇ。憎しみに囚われすぎて、もう周りが見えてねぇんだ。守るべきもんを忘れて壊すことばっか考えてる」
風が一瞬だけ森の木々を揺らした。
あぁ、そっか。マルコスはただのバカじゃないんだな。いつもは、ふざけてるけど。その奥にはちゃんと正しさを持ってるんだ。
「だから、翼。今のお前がどこにいたって俺は別にいいと思ってる……ただ、あの家に戻るなら自分の意思で行けよ。誰かに言われたからじゃなくてさ」
そう言ってマルコスは俺の背中を軽く叩いた。
そのとき不意に。
「……若様の……好きにしたら良いよ……」
腕の中から小さな声が漏れた。
セレナ?? 寝息混じりの寝言みたいな呟きだったけど、ちゃんと俺に届いた。
「……起きてるのか?」
返事はない。だけどその言葉だけで、なんだか胸の奥があったかくなった。
「……そうだ。どんな選択をしても俺たち森野派はお前について行くぜ」
「森野派……って、菜那さんの?」
「ああ。俺もセレナもシラスも。全員、川島家・森野派の生き残りなんだ」
その言葉に胸の奥で何かが静かに震えた。
「……そうだったんだな。知らなかったよ」
マルコスが笑いながら、ぽんと俺の肩を叩く。
「ありがとな……」
俺はそっと腕の中のセレナを見ると、彼女はもう完全に夢の世界へと戻っていて、小さな寝息だけが静かに響いていた。
***
「翼、本格的な冬になる前に自分の身くらい守れるようになっとけよ」
冬は弱体化するからって意味なんだろうな。だけど、
「全然、間に合う気がしない……」
そして練習終わりにグランベリーや木の実、商会で売れそうな物を探すが全然見当たらない。
最近、寒くなってきたからか? これじゃ、マルセラに会いに行く口実も作れない。毎日商会に行ってたのに、デートの次の日に限って行かないとかイメージ悪くないか?
***
家に戻るとマルコスはすぐに昼寝をした。セレナは冬眠中で、リビングは静まり返っていた。
なんか、俺だけ取り残された感すごい。窓の外を見れば、空はどんより曇り空。
「あぁ、暇だな……」
コンコン。
玄関の方からノックの音が響いた。
「……ん? 誰だろう?」
「すみません」
扉の向こうから聞こえてきたのは、低めの落ち着いた声だった。
男の声……だな?
「は、はいっ!」
思わず声が裏返る。慌てて玄関に向かい扉を開けると。そこには見知らぬ男が立っていた。
「少しお尋ねしてもいいですか?」
男の声は穏やかだったけど、どこか確信を持った口調だった。
「えっ……は、はい」
「片腕の方って、あなたですよね?」
「……そうですけど」
なんで知ってるんだ? そう口に出す前に、男の手元に目が行った。
「このリュック、あなたのものですよね?」
その瞬間、脳がフリーズした。俺が異世界に来る時、背負っていた物だ。最低限の食糧と水と着替えと、お守り代わりの推しの写真集。何より覚悟を詰め込んだ、大切な荷物。でも、腕を喰われた洞窟に置きっぱなしになってたはず。それが、なぜか目の前にある。
「そのリュック……俺のです。間違いないです」
「……あ、良かったです」
「えっと……でも、なんでこれをあなたが? それに、どうして俺のだって分かったんですか?」
「……いやぁ、実はですね。たまたま会った女性に頼まれまして」
「……女性?」
「はい。白い髪の、やたら上品な口調の……それはもう、とんでもなく綺麗な方でしてね。『このリュックを、片腕の青年に渡してほしい』って、そう言われたんですよ。いや、美人にお願いされちゃったら断れませんって!」
その瞬間、背中に冷たいものが走った。
脳裏に浮かぶのは、腕を食べている時のノエルの表情。最近少しだけ遠くになっていた存在が、一瞬で背後まで迫ってきたような感覚。ただの記憶じゃない。あの夜、夢とも現実とも分からぬ狭間で、俺の左腕はノエルに喰われた。聖女のような白の裏にあった底知れない黒。
「本当は……彼女にこのリュックを託されたのは、一ヶ月以上も前のことなんですが……」
男は少しバツが悪そうに頭をかいた。
「片腕の青年っていう手がかりだけだったので、あなたに辿り着くまでに時間がかかってしまいました。申し訳ない」
「いえ……全然、大丈夫です。むしろ、ありがとうございます」
「それと……彼女から、リュックの持ち主に伝えてほしいって言われてましてね」
「……伝言?」
「えぇ、ちょっと曖昧なんですが……たしかこう言ってました。
『……取り返しのつかない事をしてしまいました。謝って済むなんて思っていません。許して貰えるなんて思っていません。でも、それでも……謝らせて下さい。本当に申し訳ありませんでした』
って。……たしか、こんな感じだったと思います」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。さっきまで穏やかだった時間が何かに飲み込まれるように濁っていった。
「……わ、わかりました。わざわざ、ありがとうございます」
絞り出した声は自分でも驚くほど震えている。
「それでは、私はこれで」
男が丁寧に頭を下げて去っていくのを、ただ茫然と見送るしかなかった。
理解できるのは言葉の意味だけ。心の奥では得体の知れない恐怖が響いていた。優しさなのか、それともまた罠なのか。彼女の本心がまるで見えなかった。
俺の左肩。空っぽの袖。俺にとって悪夢のような夜。リュックに付いてる血を見ると、遠くに行ったはずの恐怖が、また這い寄ってくるようだった。
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