今、この高校はダンジョンに侵食されている
真田モモンガ
第1話 告白
「一目惚れしました。付き合ってください!」
校舎の屋上。
そこで、入学を祝う花を制服に着けた僕と彼女が風に煽られていた。
多分、一目惚れだったんだと思う。
これまで恋愛というものをしたことがないのに、彼女——葉月 由良の新入生代表の挨拶を見ただけで気持ちが溢れてしまった。
心臓がドキドキと煩い。
耳から飛び出そうな心臓を我慢しながら僕が惚れた理由を探す。
触れたら崩れてしまいそうな足。
低い背丈。
凍るような無表情。
人形のような綺麗な黒い目と髪。
恋愛は理屈じゃないという言葉を思い出す。
観察しても可愛い、かっこいいという感情しか生まれない。
これはダメだ。
ベタ惚れだ。
「ごめんなさい、無理です」
「え、あ、はい」
氷を連想する冷たい声ではっきりと断られる。
彼女は軽く頭下げた後、僕の方を少しも見ずに校舎の中へと帰った。
「そりゃあ、そうだよな」
ショックは受けなかった。
こうなることを予測できていたからだ。
それなのに、なぜ告白したのか僕には分からない。
「馬鹿だな、僕」
空を見上げながら呟く。
しばらく空を見ていると、額に冷たい感覚を覚えた。
ポツリ、ポツリと顔に雨粒がぶつかる。
「やば」
制服が濡れないように、無機質に存在する扉まで走った。
そして、ドアノブへと手を伸ばした時、
べちゃという音がした。
僕は動きを止めて後ろを見た。
べちゃという音が近づいた。
僕は扉を開けて、すぐそこにあった階段を転がり落ちるように下りた。
べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。
世界が壊れる音に包まれる。
僕はこの異常事態を知っていた。
——ダンジョンの発生だ。
「はぁ、はぁ——」
階段を下りて、ちょっと走った所にある教室へと駆け込む。
その教室では教師がプリントを配り、そのプリントで何やら説明をしていた。
そんな時にバタバタと騒がしく生徒が入ってきたのだ。教師の説明が止まる。
教室の視線が僕に向いたのが分かった。
好都合だ。
「ダンジョンが発生しました! すぐに逃げてください!」
端的に、それでいて用件を伝える。
焦っているにしては上出来な情報伝達だ。
「夏秋涼太だな。遅刻の言い訳はそれか?」
なぜ、僕の名前を知っているのかと動揺していると、ここが僕のクラスだと気づく。
葉月さんがいたからだ。
彼女が同じクラスだということは知っていた。
「言い訳じゃなくて、本当なんです!! 屋上で見たんです!」
「あぁ、別に疑ってる訳ではない。ただ、ダンジョンの発生とお前の遅刻に何の関係性も見出せなかっただけだ。もうすぐ、放送があるから席に座っていなさい」
「何を言って——」
『……あーあー』
砂嵐のような音の後、黒板の上にあるスピーカーから少し怠げな声が聞こえた。
『よぉし、おはよう諸君。俺はダンジョンマスターだ。早速で悪いがゲームの説明をする。よぉく聞けよ』
唐突な自己紹介とゲームの説明で、教室はざわざわと騒がしくなる。
『まず、この彩雲学園はダンジョンになった。ダンジョンは流石に知ってるよな? モンスターが現れたり宝箱があったりする場所だ。さっきも言ったが俺はダンジョンマスターだ。このダンジョンの管理者って認識でいい』
クラスメイトが若干パニックになり始めている。
冷静なのは、逃げ遅れたと絶望している僕と、先生と、何人かの生徒だ。
その何人かの中に葉月さんもいる。
流石、葉月さんだ。
落ち着いて放送を聞いている。
かっこいい。
だけど、怯えている姿も見たかったな。
絶対かわいい。
『次にゲームについてだ。俺はゲームが好きだ。中でもデスゲームが好きだ。だからお前らでデスゲームを開催することにした!』
クラスメイトの騒ぎ声をBGMにダンジョンマスターは高らかに宣言した。
『まぁ、そんな事いきなり言われても実感湧かないよなぁ? だからいいもの見せてやるよ』
じゅっ、と何かが溶ける音が聞こえた。
それは担任の教師だった。
息を殺すような短い悲鳴が聞こえる。
彼の頭部は黒いドロドロとしたものに溶けて、ぐにゃぐにゃと動く。少しづつ形が出来上がっていく。
『あぁ、安心してくれ。この教師たちは今殺した訳じゃない。前もって殺したやつに似せて作ったレプリカだ。俺はゲームのルール内でしか殺さない』
ドロドロした物体が形作ったのは、頭が本来あるべき場所に黒い球体が鎮座している異形頭。
口や耳、髪や目がない、のっぺらぼう。それの黒い球体バージョンだ。
ここでまた、悲鳴が上がる。
黒スーツに黒い頭。僕は結構かっこいいと思ってしまった。
『お前たちの教室は安全地帯だ。魔力を薄くしているからモンスターは教師しか入ってこない。ただし、実験室、講義室、図書館、体育館とかはモンスターがうじゃうしゃいるからな。あと、何か他に説明は……そうだ、各階に3部屋ガチャ部屋として安全地帯を作っているから活用してくれ。ガチャからは食料品とかが出るから行くことを勧める。俺の親切心でたまにレアなものが出るように設定したから感謝しろよぉ』
安全地帯と聞いてあからさまにクラスメイトは安心した雰囲気を出していた。
だけど、僕は食料品の出るガチャの話を聞いて安心なんてできなかった。
ダンジョンマスターが食料のことを考えるってことは、このゲームが長時間行われるってことだ。
僕は結構ダンジョンについて調べたりしている。
だから、ダンジョンは内部からの脱出しか可能性がないことを知っている。
外部からの助けは期待できない。ダンジョン発生に巻き込まれた人を外部から助け出せた前例がないからだ。
『それじゃあ、最後に助言だ。1年3組にはモンスターが紛れている。俺が関与していない自然発生のモンスターだからな。俺を責めるんじゃないぞぉ』
それを最後に放送は終わった。
しかし、みんなの顔色が悪い。
当たり前だ。
僕らは1年3組なのだから。
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