第35話《空白の語り部》――記憶から削除された章の行方

《前書き》


誰が語り部を消したのか?


あるいは――語り部が存在したこと自体、幻想だったのか。


本章では、記憶の“空白”を漂う声なき存在との邂逅が描かれる。



《本文》


森の奥、言葉さえ届かぬ場所。

草木は無音に揺れ、風さえも沈黙する。


あなたはそこに、“語り部の墓”を見つける。

墓標には名前がなかった。

その代わりに、黒インクのような染みが、文字のように滲んでいる。


 ――××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××――


「読めない……?」


そう呟いた瞬間、背後から声が届いた。


「読みたいのか、それを?」


振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

白いワンピース。顔は光の中で見えない。


「あれは“私の名前”よ。

だけどね、思い出さないことにしたの。

なぜなら――私が語った章は、世界に不都合だったから」


彼女は「空白の語り部」。


いくつもの時代で“存在しなかったことにされた語り手”たちの集合意識だ。


「あなたの物語にも、本当は私がいた。

あなたが“あの夜”に見た夢の案内人は、私だったのよ。


でもそれを書いたら、あなたが壊れてしまうから……削除された」


あなたは抗うように言う。


「でも、思い出したい。すべてを」


少女は微笑む。


「なら、一つだけ教えてあげる。


あなたが“漆黒の森”に来た、本当の目的――


それは、“まだ語られていない誰かの物語”を、あなた自身の手で書き直すためだったの」


一陣の風が吹く。


少女の姿は木漏れ日の向こうに消え、あなたの手には一冊の真っ白な本が握られていた。


そこには何も書かれていない。


けれど背表紙には、はっきりとこう書かれている。


『Episode 0』――語ることを許されなかった章



《後書き》


空白とは、喪失ではない。


むしろ、“これから語られるための余白”なのだ。


そして、あなたが今読んでいるこの物語さえも、

本来“語られるべきではなかった”のかもしれない。

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