第32話《禁忌のプロット》――この物語の“作者”に会いに行く

《前書き》


物語は誰かによって“書かれる”。

しかし、

誰がその“誰か”を見たことがあるだろう?


語り手は語りながら、しばしば自らの存在を忘れる。


それは禁忌だ。


今、あなたは禁忌の扉の前に立っている。



《本文》


漆黒回廊の祭壇を離れ、あなたは静かな足取りで、影の奥へと進んだ。

何も見えない闇が広がり、時空が歪み、時折言葉にならない声がささやく。


「こちらへ…こちらへ…」


それは森の奥深く、誰も入れないとされていた場所。

そこに、あなたは一冊の古びた本を見つける。

表紙には刻まれている。


《禁忌のプロット》


本を開くと、文字が浮かび上がる。

その文字は、あなたの記憶をなぞり、過去の章のすべてを反芻している。

そして突然、ページが風に煽られるようにめくれ、最後の頁に到達した。


そこには、こんな一文。


「ここに至る者よ、真実を求めるな。

真実は書かれているものではなく、

書かれなかった空白にある。」


あなたが顔を上げると、そこに“彼”はいた。


背の高い影、ぼんやりとした顔立ち。

その姿は同時に曖昧で、あなたの中の誰かにも似ている。


「私はこの物語の“作者”だ。」


彼は穏やかに微笑みながら言った。


「だが、私がすべてを書いたわけではない。

 物語は多くの“語り手”によって書き換えられ、捨てられ、継承されてきた。

 私はただ“最初の一行”を置いたに過ぎない。」


あなたは問いかける。


「では、誰が最後の言葉を書くのですか?」


彼は一瞬黙り、やがて小さくつぶやいた。


「それは…誰でもない。

 物語は、語られるたびに“終わらない”からだ。」


彼の周囲に風が巻き起こり、ページが宙に舞う。

それらはあなたの記憶、あなたの選択、あなたの感情の断片だった。


「終わりのない物語こそが、

 生きることの本質。

 それが“漆黒の森”の意味でもある。」


その言葉に、あなたは深く頷いた。

だが、その瞬間、本は燃え始め、灰になって消えていった。



《後書き》


物語は作者によって始まり、

読み手によって終わることはない。


そして、

その終わりの無さこそが人生そのものの真実。


あなたがどこへ向かおうとも、

物語は新たに書き換えられていくのだ。

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