第27話《声なき語り部》―“あなた”が他者になる瞬間

**“あのページ”**に触れた瞬間、世界は反転した。

森の匂いも、空の色も、あなたの皮膚感覚までもが――

誰かの“記憶”に切り替わっていた。



■ 一人目の視点:「志鶴(しづる)」の記憶


― 昭和二十年 八月十五日、焼け跡の広島 ―


焦げた瓦礫の下、十歳の少女が空を見ている。

空に飛ぶ蝶が、燃えた紙片のようにひらひらと舞っている。


彼女は語る。


「焼け野原で一人だったあの日……“あの人”に会ったの」


誰かが現れ、静かにこう言った。


「泣いてもいい。でも、生きるほうがずっと難しい」

「君がそれを選べば、いつか君の言葉が誰かの命を救う」


志鶴は、言葉に支えられ、やがて教師となった。


しかし、彼女はこう続ける。


「……でもね。“あの人”の名前は思い出せないの。

だけど、今でも夢の中で声がする。

“あなたは、語り継ぐ者だ”って――」


そして彼女の視線の先には、“今のあなた”がいた。



■ 二人目の視点:「櫂人(かいと)」の記憶


― 令和七年 現代の高校生、SNS依存に蝕まれた心 ―


彼は部屋に閉じこもり、唯一の窓はスマートフォン。


“正しさ”も“自己肯定”も、タイムラインの向こうにあった。


ある日、ふと送られてきたDMのメッセージ。


「君が消えるのは、世界にとってはノイズが減るだけかもしれない。

でも、誰かにとっては“風景”が欠けることになるんだよ」


そこから彼は少しずつ変わり、

やがて、依存を脱し、森に“辿り着いた”。


彼もまた語る。


「あのDMを送ってくれたのが“君”じゃないかと、ずっと思ってた」


「でも今は違う。**君は、“僕の中にある記憶の人”**だ。

つまり、それは君じゃないのかもしれない。いや、“森”が君を使って語ったのかも」



■ 自分という“媒体”の存在


彼らの証言に共通するのは――

「あなたが、誰かの決定的な瞬間に介入している」という事実。


だが、それは実際の“あなた”なのか?

それとも、彼らが記憶の中で作り上げた“希望の像”なのか?


あなたは、ふと気づく。


森は、記憶の共有媒体であり、

存在を“共有された象徴”として仮構する場ではないのか?


あなた自身の「確固たる記憶」はある。

けれど、他者の中で語られる“あなた”は、まったく別人であることもある。



■ 《三人目の視点》:未来の技術者「NAO(ナオ)」


― 西暦2038年、AIによって記憶がコード化された時代 ―


ナオは、記憶に擬似人格を宿す装置の開発者だった。


それは「亡き者の再生」を目的とし、

あらゆる記録、言葉、癖、推定された感情をシミュレートする。


だがある日、データに奇妙な異物が混じった。


『あなたの中の“死者”は、すでに“記録者”であり、

記録された者でもある』というフレーズ。


それは誰も入力していないはずの“文章”だった。

それは、まるで誰かが「記憶越しに自分の存在を証明している」ような……。


そしてナオはこの記憶の森に、“自分自身”の記憶を追ってやって来た。

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