第40話
「まさかと思うけど。パパやママ、先生に言われたからやっちゃ駄目。馬鹿正直に生きなくちゃ。だなんて、下らない理由で迷っているんじゃないよね?」
「なんだよその言い方。人間、真面目なのが一番じゃないか」
「ふぅん、なるほどね。でもそれって、大人にとって都合が良い子ってだけじゃないのかな」
深剣の指摘は核心を突いていた。
小馬鹿にした物言いが
「正攻法で頑張った結果がこの有様だろう。第一、頼りにならない大人が敷いた規則じゃないか。律儀に守ったところで何になるって言うんだい?」
「確かに、そうだけど」
「もちろんボクだって、これが絶対に正しいとは断言できないよ。邪道扱いされても仕方ないだろう。でも、この期に及んで手段を選ぶ余裕が……ううん、そうじゃないな。選べる手段自体がないんだ。真っ当に訴える方法が封じられた今、こっちも裏技を使うまでさ。異論はあるかい?」
八手ヶ丘全体が敵なのだ。両親だって当てにならない。
海東家側が圧倒的に有利な土俵では勝ち目のないワンサイドゲーム。逆境をひっくり返すにはルールの外から攻めるしかない。非力な子どもがプレイヤーとなれば尚更だろう。
「認めるよ。深剣ちゃんの言う通りだ」
「それで、君はどうするんだい?」
「決まっているじゃないか。今すぐ告発動画を作ろう」
思い立ったが吉日だ。
再生数やSNSのトレンドを基に話題の動画をピックアップ。注目の集め方、同情の誘い方。どんなサムネイル画像が効果的か、どんな話し方が視聴者の心に響くか。見様見真似で撮影し、動画投稿サイトに放流した。
当然ながら、投稿した直後は再生数が伸びなかった。所詮は小学生の猿真似だ。しかも中身は真面目一辺倒。開設したばかりのチャンネル故に信用されていないのか。はたまた顔を隠しての告発だったのが原因か。道のりは果てしなく険しかった。
風雲急を告げたのは、ある炎上系インフルエンサーの目に留まってからだ。百万超えのフォロワーの手により、告発動画は瞬く間に拡散。サイトの日陰から表舞台へと一気に引き上げられた。奇跡にも等しい巡り合わせだった。
効果は
俺達の大勝利だ。
しかし、全てがうまくいった訳じゃない。むしろ穴だらけの張りぼてだ。試合に勝って勝負に負けたと言えるだろう。
第一に、報道を認めない者が多かったことだ。
海東家の悪事が報じられても八手ヶ丘の住民は頑として受け入れず。それどころか、被害者の愛音こそ大悪人だと責め立てた。報道される頻度を怪しんで、「何か裏がある」「陰謀に違いない」と逆に海東家を支持する部外者までいた。
そんな両陣営が手を組み結成されたのが海東家の応援隊だ。郷端徳明を中心に連日女ケ沢家のネガティブキャンペーン。我こそ正義と決起して、見るに堪えないデモ行進が幾度となく繰り広げられた。
一度だけ、仲間達と共に乗り込み説得を試みた。だが、話の通じる相手ではなかった。報道された内容こそ真実だと訴えた途端「それでも八手ヶ丘の住民か」と怒り狂って鬼の形相。相手が子どもだろうと暴力も辞さぬ勢いだ。多勢に無勢で退散するしかなかった。
第二に、深剣が全ての責任を背負ってしまったことだ。
動画の拡散と報道に伴い、街全体からのバッシングは日に日に激化の一途を辿った。俺を含めた仲間達の各家庭に苦情や無言電話の集中砲火。学校の門前にて応援隊が待ち伏せしていた日もあった。もはや暴徒一歩手前だ。身の危険をひしひしと感じていた。
そんな中、深剣は自ら「告発はボクの発案さ」と喧伝した。ワイドショーのインタビューでも素顔で語るのだから肝が据わっている。恐らく、近いうちに引っ越すと知っての行動だろう。実際、志場家が狙い撃ちにされたのと、彼女が転校したのはほぼ同時期だった。四年生の終わり頃である。
そして最後に、海東勇に相応の判決が下されなかったことだ。
主たる要因は社会的制裁の有無だ。炎上に伴い、海東家に対する誹謗中傷は数知れず。中には爆弾を仕掛けたとか、一族郎党皆殺しにするとか、一線を越えた投稿も散見された。裁判ではそれが
炎上の燃料としては十分な話題だろう。が、ネット民の反応は芳しくなかった。というのも、既に別の不祥事を叩くのに夢中だったからだ。結局は一過性のお祭りでしかなく、義憤の熱はすっかり冷めていたのである。むしろ「しつこい」「まだ騒いでいるの?」と掌を返し、声を上げる者を冷笑する始末。八手ヶ丘の話題は電子の海の底に埋もれてしまったのだ。
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