第二章:わるもの

第11話


〇土倉啓路・1



 インターホンが鳴った。

 気怠けだるい体をやおら起こし、這うようにして画面を覗く。宅配業者らしき中年の女が立っている。ようやく商品が到着したらしい。寝癖頭をむしりつつ玄関に向かう。

 

土倉つちくら啓路けいじさんで間違いないですよね。確認お願いします」


 扉を開けた途端、女が早口でまくし立ててきた。

 戸惑いですぐに肯定できなかった。聞き取れなかったからではない。問われた名前に馴染みがなかったからだ。服役中の呼ばれ方と違うせいで、それが己の名と認識できず。伝票の宛先をまじまじと見て、ようやく実感が湧いてきた。


「あ、あぁ。はい、そうです。オレが土倉啓路です」


 段ボール箱を受け取ると脱兎だっとの如く扉を閉める。

 大人の女は苦手だ。接触は短く済ませるに越したことはない。同じ空気を吸っているだけで肺がドロドロに腐りそうだ。何度も深呼吸して汚染物質を吐き出す。

 あの女はきっと知らないだろう、自分が一体何を運んだのかを。段ボール箱は簡素で無地一色、伝票には玩具としか記されていない。それにもし、中身に気付いていたのなら、軽蔑の眼差しを向けたに違いない。とうに賞味期限が切れた女のくせに、ゴミを見るような視線を注ぐのだ。

 届いたのは、俗に大人の玩具と呼ばれる代物である。高級志向の逸品という意味ではない。性的な遊びに用いるが故に十八禁、すなわち大人にだけ許された玩具だ。それも、小児性愛者専用の、世間から忌み嫌われること必至の商品なのだ。

 ナイフで乱暴に開封してご対面。パッケージには愛らしくも煽情的な、二次元の幼女が描かれている。リアル感を重視したイラストだ。アニメや漫画のようなデフォルメは最小限に抑えられている。箱の中身はシリコン製のジョークグッズだ。竹輪ちくわにも似た形状で、表紙を飾る幼女の体内をイメージし造形されている。早い話、自慰じいを補助するアイテムである。

 キャラクターデザインは悪くない。現実の幼女らしさを反映した衣装、いわゆる女児服を再現しているのはさすがと言えるだろう。肝心な玩具本体も高品質で申し分ない。締まりの良さはハードでありつつ、手触りはぷにぷにとしている。通販サイトの評価通りだ。大半の利用者が満足するだろう完璧な出来栄えである。だが、今一つ興奮できない。胸の高鳴りは急速に沈み、股間にそびえる立派な息子はくったりしおれてしまった。


「やっぱり二次元じゃあ駄目なんだ」


 期待しなきゃよかった。

 平面上の女児はどう取り繕っても単なる贋作がんさく。想像の産物で自慰をしたところで達成感など得られるはずもない。

 当たり前の話だ。

 こんな物は現実に遠く及ばないし、オレの欲求を満たす商品などこの世に存在しない。希望を抱くべからず。生まれた時から分かっていたはずだろ。これは小児性愛者に科せられた運命なのだ、と。

 苛立ちのあまり、シリコン製の竹輪を壁に叩きつける。弾力性に富んだボディはぶにょんと跳ねて一回転、ゴミ箱を蹴倒し中身をぶちまけた。飛散したティッシュくずが異臭を放っている。

 そもそも、大前提の話だが。

 小児性愛者というだけで何故、日陰者として暮らさねばならぬのか。土台間違っていると声を大にして言いたい。

 あくまでも性的嗜好の一つではないか。同性愛が認められるのだ、オレにだって救済の一つでもあっていいだろう。なのに現実はその真逆。公然とさげすんで良い対象としてぞんざいに扱われる。後天的に獲得した身なら、まだ「己で選んだ修羅しゅらの道」と納得できたかもしれない。だがオレの場合、生まれてこの方頑固一徹の小児性愛者だ。幼少期では同級生に恋し、学生時代は一回り近く年下の後輩を好きになる。生来の特性なのだ。ゆえに、オレに対する数々の仕打ちは、生まれや育ちで差別する愚行と何ら変わらない。それとも、生まれたこと自体が罪と断ずるのか。多様性が云々うんぬんと言いながら、都合が悪くなると切り捨てる。不寛容な社会そのものではないか。

 そう、全部この社会が悪い。

 普通や一般、正常とされる者達のせいで、オレは前科一犯の烙印らくいんを押されてしまった。おかげで地元にすら帰れずにいる。向こう数年、ほとぼりが収まるまでは、こうして息を潜め耐え忍ぶしかないのだ。


「こんなんじゃあ抜けないってのに、ふざけやがって」


 大人の玩具をゴミ箱に叩き込むと、代わりに本棚から、分厚いファイルを引きずり出す。二次元キャラクターは所詮しょせん偽物でしかない。やはり実在する子ども、特に三歳から初潮前の十歳前後じゃないと興奮できないのだ。

 ファイルを開いた途端、ぱっと広がる魅惑の花園。今をときめく幼女達の、目もくらむようなフォトコレクションだ。スモックや体操服、水着に私服まで何でもござれ。溌溂はつらつとした笑顔を見ているだけで、むらむらと股間の海綿体かいめんたいに血と情欲が上っていく。

 彼女達を激写したのは、ここから歩いてわずか数分のホットスポット。時任みらいこども園だ。散歩を装いフェンス越しに撮影したり、園外活動中のところを接触したり。盗撮するには絶好のポイントだ。

 無論、幼女以外もコレクションに加えている。登下校中の小学生や商業施設で遊ぶ無防備な子まで、地域一帯の絶景ポイントは全て把握済み。あの手この手で撮り溜めた、汗と涙とその他体液の結晶なのだ。地元ならもっと簡単且つそれ以上のことができたというのに。未だ戻れないのがもどかしい。


 現実の子どもは可愛くない、などと語る自称小児性愛者がいる。漫画やアニメのように優しくないし、臭くて汚くて付き合えたものじゃない。故に綺麗な部分だけを描写する創作物、成人向けのキャラクターを愛でるだけで十分なのだ。とか何とか、もぐりのくせに訳知り顔でほざいている。

 オレからしたら噴飯物ふんぱんものだ。そんなのは単なる負け惜しみ、酸っぱい葡萄ぶどうでしかない。実物に手を出す勇気がなく、絵に描いた餅ならぬ女児で満足している腰抜け連中の詭弁きべんだ。つまるところ、ファッション感覚のに過ぎない。世間とは違う自分に酔いたいだけの雑魚ざこと一緒にしないでほしい。

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