第16話:お別れ

「シア、大丈夫か!? しっかりしてくれ!」


 ブラックナイトに勝った喜びなどを感じる余裕はなかった。イサムは急ぎ駆け寄り血と体力を消耗し横たわるシアを抱き支え、必死に呼びかけ続けた。


「シア! 目を開けてくれシア!」


 着ていた上着を脱いで、包帯代わりに止血を試みるも、不可能であった。

 そうして焦りが収まらないイサムの目に、未だ輝きを失わぬ神樹刀ワールドセイバーが映り込む。


(そうだ! シアの血を受けて強化されたのなら、もしかしたら——)


 神樹刀ワールドセイバーを手にし、イサムは声に出しながら祈った。


神樹刀ワールドセイバーよ、どうか、どうかその力をシアに返してやってくれ! シアから受け取った血を、命を、どうかシアの元に戻してやってくれ!」


 願いに応じるように、神樹刀ワールドセイバーは、砂のようになって崩れ、その光の粒がシアへと流れ込んでいった。そして——


「……あ……? 勇者、様……?」


 冷たくなりつつあった彼女の身体にぬくもりが宿り、イサムの姿をその瞳に映すことができるほど、はっきりと意識を取り戻した。


「シア! よかった! 本当に——」


 イサムは思わずシアを抱きしめた。

 シアもイサムの背に手を回し、しみじみと呟いた。


「……勝ちましたね。私達……」

「ああ、全部終わったんだ。これで、全部——」


 二人が互いの無事を確認しながら支え合っているその時、異変に気づいた。

 イサムの身体がぼんやりと光り、透けるように消え始めていたのだ。


「勇者様、お身体が……?」

「こ、これは一体!?」

「もしや、神樹刀ワールドセイバーの力を使い果たし、勇者としても役目を終えられたから、元の世界へお戻りになるのでは」

「え、ま、待ってくれよ、いくらなんでもそんな急に!?」


 戸惑うイサム自身にはどうするすべもなく、視界が光りに包まれ、徐々に身体が浮き上がっていくような感覚に包まれていった。


「そんな! 勇者様、もうお別れだなんて!」

「ダメだシア! 身体の自由が効かない! オレにはどうすることも——」

「ならばせめて言わせてください、勇者様!」


 消えゆくイサムに向かって、シアは心からの叫びを届け続けた。


「この世界に来てくれて、ありがとうございました! 諦めず戦い続けてくれて、本当に、ありがとうございました! この世界を見捨てず、私と共に居てくれて、本当に、本当に、ありがとうございました! 貴方は私にとって、最高の勇者様です!」


 応えるように、イサムも叫び続ける。


「オレの方こそ、ありがとうと言いたい! ずっと守ってくれて、ずっと支えてくれて、本当にありがとう! オレにとって君は、本当に最高の——」


 イサムの最後の言葉が続けられるより前に、彼の身体は消えてしまった。


「勇者様……」


 虚空を見つめながら、シアはしっかりと立ち上がり決意を口にする。


「ありがとうございます。私は必ず、この世界を癒やし、立て直してみせましょう」


 世界に平和が訪れ、たった一人、世界樹ワールドマザーの巫女だけが残されるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る