第12話

 ファミレスを出た私たちは、みんな同じバスに乗り込む。でも真由美先輩は気を利かせているのか、マサさんと後ろの方にさっさと座ってしまった。私と博くんは、空いていた真ん中の方へ座った。

「なぁ」

 走り出したバスの中で、彼が私に声をかけた。

「……なに」

「お前さ、繭子のこと気にしてるのか?」

 その言葉に私は黙った。


 なんて答えればいい?

 だって……。


 博くんにあの子と話さないで、なんてことは言えない。クラスメートなら、話すことはあるだろうし。

 それにマネージャーをやってるなら尚更、接点はあるはずだから。



「アイツは自分の気持ちに、ストレートだ。誰がどんなこと言っても気にしない。自分がいいと思ったことを行動に出すんだ」

「……」

 何も言えない。

 クラスメートとして、博くんはフォローしているんだ。

 それが分かってしまったから、余計に何も言えない。

「俺はあいつとは仲はいいよ。だけどな、俺が今、大事にしたいと思ってるのはお前だけなんだから」

 そう言うと、私の手を握り締めた。その手の暖かさにドキッとする。


 初めて手を繋いだ日のことを、彼は覚えているだろうか。

 博くんに告白して、博くんがクラスメートたちに、付き合ってると宣言してから、1週間くらい。一緒に家に帰る時だった。

 おっちょこちょいな私が、何かにつまずいて転びそうになったのを、彼が支えてくれた。

 そして博くんは言ったんだ。

「危なっかしいな。ほんと、ほっとけない」って。

 そう言って、私の手を握ってくれた。その時のことが今でも思い出される。



 暖かい手。

 私より大きな手。

 ごつごつとした手。



 女の私の手とは違う、博くんの手はとても優しくて好き。この手を離したくはない。だから彼の友達を悪くは言いたくない。彼を束縛することも、したくはないの。




「先輩。じゃ、また」

 先輩に挨拶してから、私と博くんはバスを降りる。いいって言ったのに、博くんは家まで送ると言ってきた。博くんが降りるべきバス停は、ここじゃないのに、私が降りるバス停で降りてくれた。



「まったく、いいのに……」

 バス停を降りた私は、まだぶつぶつと言ってる。そんな私の手を握り締めてくれている。

「もう少し、話をしたかったから」

 笑う彼。

 その笑顔がとても好き。

「それにしてもまだ、直してないの?」

「ん」

「自転車」

「ああ。忘れてて」

 ニカッと笑って、歩き出す。

「もう。早く直しなよ。バス通学するより、自転車通学するって言ってたのに」

「う~ん……。でも、バスでもいいかなって思っててさ」

「ヘンなの」

 歩きながらも少し嬉しかった。朝、同じバスに乗ることになる。学校は違くても会うことが出来る。

 それが嬉しい。

 手を繋ぎ、歩いて行く。

 それが当たり前のように、ずっとそうして来た。

 あの日からそうやって来た。



「なぁ」

 私の歩調に合わせながら歩く彼。それももうずっとそうしてくれていた。

「瑠璃」

 隣にいる私の顔を上から見て、あの優しい顔を向けてくれてる。

 そして公園へ私を誘う。

 公園のベンチに座って、彼は私の頭に手を置く。

「……なに?」

「お前は言いたいこと、言えないでいるからな」

 どうしてそんなことを言ったのか分からない。

「まだ気にしてるだろ」

 黙ってしまった。

 バスの中であんな風に話してくれていても、やっぱり気になる。それは仕方ないことだと思う。

 だってそれは、私があなたに恋をしているから。

 でも、彼にはそれが分からないみたい。



 ほんとはね、不安になってるのは私自身の問題なの。博くんの気持ちが、信じられない時がたまにある。


 だって本当は、他の人が好きだったんじゃないかなって思う。あんな告白の仕方したら、断るに断れなかったんじゃないかなって。



 それがあるから、自信がなくて、不安になるの。それに気づいてないあなたは、やっぱり鈍感なんだよね。




「俺はさ、女の気持ちなんて分からない。いつも何を考えているのかって思ってても、答えは出てこねー。だけどこんな俺でも、お前はいつも笑ってくれてるし。そんなお前と、、俺はこれからも一緒にいたいって思うのは確かなんだよ」

 彼の精一杯の言葉。それが痛いくらいに伝わって来てる。

「だからな、俺を信じてくれよな」

「うん…」

「言いたいことも、ちゃんと言ってくれよな」

「……頑張る」

 言いたいことを言葉にするのは難しい。それは昔から、自分の気持ちを押し殺してきたから。

 そんな風に生きてきたから。

 転校、したくないって言いたかった。でも一度だけ言っただけで、それ以上は言えなかった。いつも親の顔色ばかり伺って生きてきたから。

 それがクセになっているんだと思う。



「……で。言いたいことはないのかよ」

 隣で、彼は言う。その言葉に、私はどうしたらいいのか困った。

「ゆっくりでいいからさ。言ってくれよ」

「……大丈夫」

「え」

「もう、大丈夫。だって、博くんはあの子のこと、友達だって思ってるんでしょ。だったら大丈夫」

 私は彼に笑顔を向けた。その笑い顔に安心したのか、ほっとした感じを見せる。


 そして軽く私の唇に触れるだけの優しいキスをされる。

 私たちにとっては2度目のキス。恥ずかしさで顔を上げられなかった。



「ほんとは、もっと早くこうしたかった」

 そう声が降りてくる。顔を上げると、彼の真っ赤になった顔が見える。

「ほんとは……、もっと早くこうしたかったんだ…」

 そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。



「博くん……」

 声を絞り出すようにして言った。

「……たしだって。私だって、もっと早くこうして欲しかった」

 抱きしめられたまま言った言葉に対して、博くんは抱きしめる手の力を強くした。

「瑠璃…。今まではさ、受験生だったから」

「うん」

「それに、中2ん時は、まだそんなこと、しちゃダメだって思ってて。俺、どうしたらいいのか、分からなくなっていたんだよ。でも、ほんとは……」

 博くんの言葉。

 博くんの想い。

 私にゆっくりと届く。



 瞼を閉じて彼の胸の音を聞く。

 ドクンと。

 跳ねるような音が聞こえる。


 

 私たち、今、ここにいるのね。

 ちゃんとここにいて、ちゃんと繋がっているんだよね。




 

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