第3話

 朝のバスストップ。

 通勤や通学の人でいっぱい。その場所で、空を見上げてみる。

(天気がいい)

 その空は高く、雲ひとつない。もう夏はそこまで来ているんだって思う。

 そう思っていると、バスが到着して乗り込んでいく。



「お~い!瑠璃!!」

 奥から大声がした。振り返ると、宮下先輩がそこにいた。宮下先輩とは、通学のバスの時間が重なる。

 そしていつもこうして大声を出される。恥ずかしい思いをするのは私なのに。

 前は無視をしていたけど、そうすると何度も声をかけてくるから、無視するのをやめた。



「おはようございます。先輩」

「おう」

 先輩はつり革にぶら下がり、私に笑顔を見せた。

「瑠璃は今日もかわいいね」

「またそんなこと言って」

 呆れ声で私は言う。宮下先輩は私に対して、こういうことをよく言う。

 初めて会った時も、「君、かわいいね。俺の彼女にならない?」と言ってきたくらいだ。

「ほんとほんと。瑠璃はいつもかわいいよ。さすが、俺が惚れた女」

 にっと笑い、窓の外を見る。

「あ。愛理ちゃん、見つけた」

 そう言うと同時にバスは止まり、愛理が乗り込んで来た。

「愛理ちゃん!おはよう」

 宮下先輩がそう言うと、愛理は微妙な表情をしていた。

 その理由がすぐに分かった。



 博くんだ。



 愛理の後ろには博くんがいた。彼はいつもは自転車で通学している。だからバスの中で会うことはないんだけど……。

「瑠璃」

 博くんは私に気付き、笑顔を向けてくる。

「どうしたの?」

 私は博くんに聞いた。

「自転車、パンクした」

 そう言って、博くんは私から視線を外した。その先は私の隣にいる、宮下先輩に向けられていた。

「瑠璃。誰?」

 そう言ったのは先輩だった。愛理が微妙な顔をしたのはこの所為。

 宮下先輩が私の事を好きだっていう話は、うちの学校では有名になっていたこと。

 校舎3階の窓から顔を出して、「瑠璃ー!俺はお前が好きだー!」って叫ばれては有名になる。



「あ。中学の同級生で私の……彼」

「え」

 先輩は言葉を失い、こっちを見る。

「瑠璃。本当に彼氏、いたんだ」

「だからそうだって言ってるじゃないですか」

 私は呆れて何も言えない。

「愛理ちゃん、知ってたの?」

 先輩は愛理に目線を移し、聞いていた。その問いに愛理は頷いた。

「中2の時からだよね、瑠璃」

「そんなこと、説明しなくていいから」

 愛理にそう言うと、博くんの顔を見る。

「この前言ってた部の先輩?」

「うん。宮下先輩。もう強引な先輩なの」

「酷いなぁ、瑠璃。俺は瑠璃の為を思って……」

「結構です」

 私はそう先輩に言った。その隣で愛理がハラハラしていたことに気付く。いつ先輩が博くんに宣言するか、分からないって思ったみたい。




     🌸 🌸 🌸 🌸 🌸




「瑠璃」

 学校に着いて、私と愛理は2階の教室へと向かっていた。

「なに」

 下駄箱で上履きに履き替えていた私に、愛理が言った。

「先輩にはっきりと言った方がいいよ」

「なにが」

「だから、自分には彼氏がいるんで無理ですって。言われてるでしょ。付き合ってって」

「言ったよ。もう何度も」

「え。何度も?」

「うん。その度に何度も告白されるの。イヤになっちゃうよ」

 こんな自分のことを思ってくれるのは嬉しいけど、でも、私は博くんという彼がいる。それを何度説明しても、先輩は聞く耳持たないんだ。

「困った先輩……」

 愛理はほんとに呆れた顔をした。

「でしょ。ほんとに困った人でしょ。悪い人じゃないんだけどね」

 本当は誰よりも優しい人だって分かってる。今までずっと一緒にいて、その短い間で先輩の良さが分かってしまうくらいに。


 

 教室に入ると、そこにはクラスメートたちが騒いでいた。

「白井。お前、本当に宮下先輩に惚れられてるよな」

「毎日一緒に登校だしな」

 教室に入ると必ずこれ。クラスメートの男子がからかってくる。その反面、女子は完全にシカト。


 そりゃ、そうだよね。

 宮下先輩は、この学校で一番かっこいいって言われてる。

 男子にも女子にも人気がある先輩。

 女子の人気の意味は違うみたいだけど……。

 だから、宮下先輩に可愛がられてる私は冷たい目で見られる。



「たまたまバスが一緒なだけよ」

 宮下先輩は、私の5コ前のバス停から乗ってくる。知らなくてもいいことなのに、先輩がしつこく教えてきた。

「でも仲、いいよな」

「愛理だって仲いいじゃないの。なんで私にばっか言うのよ」

 そう言って、私は男子の間を抜けて自分の机に向かった。昔はこうして男子に反論なんて出来なかった。

 それがこうして言えるようになってるのは、宮下先輩が本来の私を引き出しているのでは……と思うようになってる。

 なぜそう思うのかは分からないけど、そう思うんだ。



 席に着いて、頬杖をつきながら私は窓の外を見る。そんな私を、陰でグチャグチャ言ってるのは女子。男子は面と向かって言ってくるのに反して、女子は陰で言うから嫌だ。

 そんな私を見ている愛理。愛理はキッと女子を睨んだ。



「なによ、清水」

「あんた、ナマイキっ」

 女子のリーダー格の沢村が言う。沢村は派手な外見の目立つ存在。物事をはっきりと言う。そういうところは、羨ましいとは思うけど、沢村みたいにはなりたくないとも思う。

「沢村っ!陰でグチグチ言うなら男子みたいに堂々と言いなさいよっ!」

 愛理は名前と顔に似合わず、気が強くて、沢村のような子には負けない子。

 それを初めて知った子は、びっくりするんだ。私も中学の時、びっくりしたくらいだから。

「なによー。別に何も言ってないじゃん」

「言ってるじゃん!」

 愛理の叫び声に私は呆れて言う。

「愛理。いいから。もう始業のベルなるよ」

「だって、瑠璃」

「いいから」

 私は荒波を立てたくない。またひとりになるのはイヤなの。私はひとりだった。



 小学校の時、私はずっとひとりだった。転校ばかり繰り返していたからなのか、人付き合いが下手になっていた。

 そんな私が榛南中学校に入学して、その学校の先生や、クラスメート達に救われた。


 とても優しくて楽しくて。

 勉強が出来なくても楽しかった。

 毎日が笑顔だった。

 だから3年になる時に転校するって話を聞かされた時、とても怖かった。

 この楽しい毎日が、壊れるのでは……と思った。

 怖くて怖くて、毎日泣いていた。親にも転校したくないって、何度も懇願した。

 でもそれはもう決まった事で、子供の私が覆す事は出来ない事だった。



 小学校の時。私は虐められていた。そのせいもあってか、人とのコミュニケーションが出来ないのだ。

 だから余計、人同士の争いがイヤで仕方ない。



 机に頬杖ついて、愛理たちの争い事を黙って見ていた。

 私には何も出来ない。

 怖くて何も出来ない。

 出来る事と言えば、愛理に「やめて」って言うしかないんだから。

「瑠璃?」

 じっと瑠璃たちのやり取りを見ていた私。それに気付いた愛理が、私の前に席に座り顔を覗き込んだ。

「どうしたの」

「……あ。なんでもない」

 愛理は私が小学校の時、ひとりでいたことなんか知らない。話はしたこと、あったかもしれないけど、実際見てはいないから。



「ちょっと清水!」

 沢村がこっちにやって来た。言い争ってる途中で、愛理が私のとこに来たのが気に入らないのだろう。

 私と愛理を睨んだ。

「話はまだ終わってないっ!」

「沢村。もう先生来るよ」

「そんなの関係ないっ」

 沢村はそう言ったが、そのタイミングで先生が教室に入って来た。

「沢村。席着け~」

 担任がそう言うと、沢村は仕方なく席に着く。イヤなことに、沢村とは席が近い。

 そのいや~な空気が、ヒシヒシと伝わってきてる。



「ふぅ」

 そっとため息をついて、窓の外を見た。

 窓の外にはホームルームを終えた3年の先輩たちが、校庭に出ているところだった。3年の先輩たちはワイワイと話ながらジャージ姿で校庭に向かっていた。


 次は体育なんだろう。エンジ色のジャージの集団。仲良さそうに歩いて行く。

 そんな姿を見て私は羨ましいと感じていた。

 このクラスは団結がない。寂しいクラスだと思う。いつも何かで争っている。



「瑠璃」

 前の席から愛理が声をかけてくる。

「沢村の言ったことなんか、気にすることないよ」

 と小声で言ってるつもりなのか、それともわざと沢村に聞かせているのか、かなり大きな声で言った。

「別に。気にしてないし」

「そ。なら良かった」

 愛理はそう言って前を向いた。


 愛理は心配はしているんだと思う。入学式に再会してからずっと、私の傍を離れない。愛理なら、他にも友達を作れそうなのに。

 私を心配してか、他の子とはあまり話をしない。

「愛理」

「ん」

「私に気を使いすぎだよ。他の子とも仲良くしなよ」

「別にそんなつもりじゃないけどね。だって、このクラス、ダメダメじゃん」

 愛理はそう言うと、笑った。

 いつの間にかホームルームは終わっていて、次の授業の準備をしている子たちがいた。

 休み時間でも、このクラスはまとまりがない。あのクラスがまとまりがあったから、このクラスに違和感を感じているんだと思う。

 でもまだ高校生活は始まったばかり。そんなことでグチグチ言ってられないよね。

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