第2話

「おいっ。お前ら!」

 職員室の窓から顔を覗かせる、懐かしい顔。正門前でギャーギャー騒いでいる私たちに、そう叫んでいた。

「大沼先生!」

「ソフト部は今日練習ないの?」

「午前までやってたぞ」

 職員室の前に行き、窓越しに先生と対面。大沼先生は、私たちのクラスの担任をしていた。

 みんなを送り出した先生。転校の時、私の背中を押してくれた先生。



「白井。久しぶりだな」

「うん」

「遅れたけど、中学卒業と高校入学おめでとう」

「ありがとうございます」

「清水と同じ青蘭高校だって?」

「はい」

「試験を受けた教室も一緒だったんだよ、先生」

 横から愛理が顔を出して言う。

 愛理とは中2以来、また同じ学校で同じクラスに同じ部に所属。それが私には安心させていた。

「清水、お前はよく青蘭に入れたよな」

「えっ。瑠璃は?」

「私もギリギリだったんだけど」

 そう言って笑う私。

 この先生は、私に学校という場所を好きにさせてくれた。



 私は転校ばかりしていて。

 学校という場所に慣れないで、友達というものも作れないでいたんだ。



 でもこの学校でこの先生に会って。

 このクラスメートたちに会って、私は学校が好きになった。

 だからこそ、この先生には恩がある。

「先生は今年、担任にはなってないんだって?」

「教育委員会の方へ行く準備をしてるからな」

 先生はそう言うと笑った。

 先生も新しい道を歩き出してるってことだよね。私も負けないで頑張らないと。




     🌸 🌸 🌸 🌸 🌸




 その後、みんなで久しぶりにカラオケ行ったりして遊んだ。この町で遊ぶのは、本当に久しぶりで楽しい。



 隣には博くんがいるし。

 大好きな友達もいるし。

 ここは好きだ。



「でもほんと仲いいよね」

 カラオケで隣に座った美紀は言う。

「そう……かな」

「うん」

「いいなぁ。私も彼欲しい~」

 反対側では万理がそう言った。

「万理まで……」

「だって、あの頃さ。びっくりしたよ。転校するって話はさ、私が一番に聞いたと思ったのに」

「そうそう。博だったし」

「2学期になってすぐだっけ?朝さ、博がイキナリ言ったんだよね」

「うん。俺とこいつは付き合ってます!って」

 万理と美紀はそう言う。

 もう恥ずかしいからそんなこと、思い出さないで欲しい。

 でも反論するのはやめておいた。

「博はかっこいいし、優しいから女の子にモテるもんね」

「大騒ぎだったよね、それから暫くさ」

 そうだった。

 博くんの俺たち付き合ってます宣言から1ヶ月くらい、上級生から下級生まで他のクラスの女子が教室に来ては、博くんの彼女になった私を見に来た。見ては「なんだ。私の方が勝ってるじゃん」などと、陰口を叩いていくのだ。酷い時なんか「弱味を握ってるんでしょ」「早く解放してあげてよ」と言われる。でもそんなことを言われる度に、博くんがその女子たちを睨みつけていたんだ。

 1ヶ月もすれば諦めたのか、普通に生活出来たけど。



「万理たちはいないの?そういう人」

「まだ出会いないなぁ」

「私はかっこいい人、いたよ」

 万理の隣から美奈が話に混ざる。

「え」

「同じクラスの人なんだけどね。でもダメかな」

「なんで?」

「彼女らしい人がいるのよ。休み時間になると、女の先輩と廊下で話してるの」

 残念と小さく呟く。

 こういうガールズトークも久しぶりで、とても心地良い。あの頃に戻れるなら、どんなにいいかなって思うくらい。

 でも今の時間も好き。そんな他愛もない話が、私を本来の私に戻してゆく。ここは私がいてもいいんだって思わされる。


「でも瑠璃と愛理だけが同じ学校なんてさ」

「ほんと。私も瑠璃と同じ学校に通いたかったなぁ」

「私だってそう思ってるよ。でも成績、下がっちゃったから」

 環境が変わると、成績がガタ落ちしてしまう私。昔から転校ばかりしていたせいで、ちょっとした変化が勉学に現れてしまう。



「でも頑張ったから青蘭に入れたんだよ」

 いつの間にか博くんが、私たちの話を聞いていた。

「博くんはいつも瑠璃の勉強、見てたんでしょ」

「日曜日にはいつも会っていたんでしょ」

「いつもじゃねーよ」

 そう言って博くんは、私の向かいに座る。


 狭いカラオケボックスで、2部屋借りていて、博くんはさっきまで隣の部屋にいた。

「お前らさ、前からそういう話ばっかしてるよな」

「男子にはこのガールズトークは分からないのよ」

 そんな風に笑う私たちに、博くんも笑う。



 こんな他愛もない時間。

 懐かしい時間。

 愛しい時間。

 いつまでも続くといいなと感じている。

 それが私の願い。

 この大好きな仲間と、いつもこうしていられればいいなって。




 ねぇ。

 博くん。

 私はあなたといる時間が大好きで、あなたと一緒に過ごした時間が大好きで。

 この仲間たちが大好きで。

 いつもここに連れ出してくれる、あなたがいてくれて良かったって思ってるの。

 いつもここに連れ出してくれて、本当にありがとう。

 でもそれは照れくさいから言わないけどね。



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