第23話 導きのカブ
伯父さんが乗ってきたのは普通の車だったので、車椅子は畳んでトランクに収めた。ついでにキャラメルの箱も放り込んだ。
「良いのか?」
「良いよ」
どうせ食べられないし。
そして乗り込んだ車内も灼熱地獄。窓を開けてすぐ車が走り出したけど、吹き込む風も涼しくない。早くエアコン効かないかな。
「ねえ伯父さん。実は予想してたってことない?」
勝手に動くハンドルを眺めて切り出した。
「ボス……陸が生きてたことも、そのうち何かやらかすだろうってことも。だから陸を止めてくれるヒーローを作ったんじゃない? どんな手を使ってきても良いように、色んな分野の人材を集めて、子供のうちから特殊なアイテムに慣れさせる。リーダー役を身内に押し付けたのは、伯父さんなりの責任感なのかな。絶対面倒なことになるんだから」
もちろんこれは俺の想像。根拠なんて無いよ。でも生まれた直後から特殊なプレゼントに囲まれてきた身としては、何かの英才教育をされてるとしか思えない時がある。アートが来てから特にね!
「まさかぁ。僕が嘘も演技も下手なのは知ってるだろう」
「嘘つき」
AIが勝手に窓を閉めた。エアコンが涼しい。
「伯父さんは演技が下手な演技が上手いんだよ。高坂さんは見事に騙してたじゃん」
「アレは……子供をからかって遊ぶのが大人の嗜みというか」
愛想尽かされないうちに止めた方が良いよ。
「陸のことに巻き込んだのは悪かったと思ってる。何かお詫びをしよう、瑠衣とは別口で!」
ほら、どうにでも取れる言い方をする。でもって別の話で誤魔化そうとする。
「よし、樹生の身を守る新機能を付けてあげよう! センサー機能の応用で敵の接近を察知して、雨天モードの強化でバリアを作って、特殊な音波で通信傍受を防ぐジャミングを……」
「いらないよ!」
そういうのを開発して警察に渡してるんじゃないよね? 会社ぐるみの合法的な裏事業。
「俺はそんな危険にさらされる予定なの⁉ 社長みたいにさぁ」
「……本気じゃなかったと思うんだ」
六階から放り投げておいて?
「外には警察が到着していて、犯人の飛び降りも想定して各所にエアマットを設置していた。社長室から下の様子は見えたはずなんだ」
どうなんだろう。エアマットがあっても絶対無事とは限らないし、範囲外に落下することもある。あの窓の下には設置してない可能性もあったんだ。本気じゃなかったって、伯父さんが思いたいだけかもしれない。かもしれないけど。
「……じゃあ、やっぱり。新機能は要らないじゃん」
『必要です。手札は増やしておきましょう』
「俺は普通の生活ができれば良いの!」
もう進展もなさそうなので、この話はやめた。なのに家が近づいてきたところで突然さぁ。
「ヒーローになるのは嫌か?」
そんなことを伯父さんが言い出したので、つい二度見してしまった。
「嫌だって言ったら、どうするの」
「うーん、どうしようかな。初期化せずにアートの中身を書き換えられるかどうか。ダメだったらバックアップを取って初期化したあと、学習していた内容を地道に差し込んで元のアートに近づけるか。ちょっと時間かかりそうだな」
「そうじゃなくて! 伯父さんの目的はどうするのって話」
伯父さんが正解を言わないなら、俺も微妙な言葉で聞くしかない。面倒だなぁ!
「何とでもするさ」
「他のリーダー役を探すの?」
「そうだな」
俺は未来のことを想像する。きっと他の三人は、これからも伯父さんに巻き込まれ続けるだろう。そしていつか本当にヒーローっぽいことをやる羽目になるんだろう。そこに俺はいない。別の誰かが中心にいて、カオスでドタバタで災難な展開に文句を言いながら、なんだかんだで飽きない毎日を過ごしていたりする。普通の大人になった俺が、つまらない日常に沈んでいる間にさ。
――少しばかり寂しさを感じた俺は、一番わがままなヤツかもしれない。
「考えとくよ。ヒーローの出番まで、もうちょっとだけ時間あるでしょ?」
「そうだ、それで良いんだ。人生には図々しさも大切だぞ! あっはっは」
そして爆笑しながら家へ着いた。トランクから出した車椅子が熱くなっていて、スマホから戻ったアートが赤カブに変色する。
「燃えはしないんだね」
『ジャック・オー・ランタンとは区別しています』
熱い砂浜を歩くみたいに、ぴょんぴょん飛び跳ねるカブを眺めて伯父さんが呟いた。
「ジャック・オー・ランタン。導きの炎か」
『その通りです。天国にも地獄にも行ずに彷徨うジャックが、たった一つ与えられた
「死ぬことも出来ず、生き直すことも出来ず。そんなヤツを導くことも出来るだろうか」
目をぱちくりさせたカブが燃え上がった。
『お任せください』
「アートは頼もしいなぁ!」
伯父さんが大きく伸びをして、ついでに大欠伸もした。
「樹生。警察で聞いたこととか……車の中で話したこととか。両親や友達には」
「内密に、でしょ。分かってるよ」
ぐっしゃぐしゃに頭を撫でられた。
「そんなに急いで大人にならなくて良いんだぞ。僕がつまらないだろう!」
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