第90話 僕は良き者です!


 その日もルッタは他の門下生たちと一緒に瞑想を行なっていた。


(……ふむ。どうやらルッタもだいぶ気の扱いに慣れてきたようじゃな)


 身に纏った気を安定させたまま瞑想を続けられるようになった彼の後ろ姿を見て、師範は満足げである。


「むむむむ……!」


 一方、ルッタの表情は真剣そのものである。どうやら集中力は途切れていないようだ。


 背中を叩かれることなく瞑想を終えるために彼が編み出した精神統一の手法――それは、心の中でひたすらに数を数え続けることであった。


(せんななひゃくいち……せんななひゃくに……せんななひゃくさん……!)


 ルッタはついに虚無ゲーの攻略方法を見出したのである。


 だが、大きな変化があったのはルッタだけではない。この一ヶ月間、彼と共に修行を続けた他の子供たちも大きく成長を遂げていた。


 シャオメイは先輩として熱心にルッタを指導したことで自身の修行を見つめ直すことに繋がり、ハオランとロウスーは修行の後に毎日行っていたルッタとの組み手によって力を大きく伸ばしたのである。


 レベル上限に到達したルッタは、皆がレベリングするための尊い経験値となったのだ。


「……よろしい」


 彼らの成長を感じ取った師範は、頷きながら言った。


「今日は各自で好きに修行をしなさい。明日、一人ずつわしと手合わせしてもらう」


 その言葉を聞いたシャオメイは、驚きのあまり目を見開く。


「師匠、それって……!」


「技術の面でわしから教えられることはもう無い……ということになるのう。後は各々が道を切り開くのみじゃ」


 師範は微笑みながら言った。


「やっと本気の師匠と闘えるんだなッ! 嬉しいぜッ!」


「お、オイラはそこまで自信ないけど……頑張るんだナ……!」


 ハオランとロウスーはすでにやる気満々である。


「つまり……ムゲン水をどこに隠しているのかも教えてくれるということですか?!」


 ルッタは勢いよく立ち上がり、キラキラと目を輝かせながら師範の元へ詰め寄った。


 原作では廃墟となった道場の奥にぽつんと置かれている霧玄水だが、現在は師範しかその在処ありかを知らないのだ。


「隠すとは人聞きが悪いのう。わしはあれが良からぬ者の手に渡らぬよう、守っているだけじゃよ」


「僕は良き者なので大丈夫です!」


 自信満々にそう答えるルッタ。過酷な修行を経てもいつも通りであった。


「わしの思う『良き者』とは、己がまことにそうであるかを常に問い続け、また常にそうあろうと努力し続ける者のことじゃ。……お主は自分がそうであると思うか?」


「よく分かりません!」


「……純粋であることは良いことじゃが、時に毒にもなりうる。明日までに今一度、己の心を見つめ直しておくことじゃな」


 師範はそう言ってルッタの肩をぽん、と叩く。


「一応、やれるだけやってみます!」


 対して、ルッタは素直に答えるのだった。


「…………」


 そうして皆が意気込む中、ただ一人、ワンリーだけが険しい表情をして俯いている。


 一番弟子である彼も他の者たちに負けないために更なる力を追い求めるようになったが、それはあまり良い変化とは言えなかった。


 表面上は普段通りに振る舞っているが、彼の内心では自分より若く才能のある者たちへの嫉妬が増大し始めていたのである。


 一度は自身が否定し蔑んだ相手であるからこそ、尚のことその反動は大きかった。


 毎日しっかりとルッタを経験値にしていなかったが故の悲劇である。


 *


 その日の晩、各自で修行を終えたルッタとハオランとロウスーの三人は、いつも瞑想を行っている山の頂上に集まり、師範を倒すための作戦会議を行なっていた。


 ルッタが照明魔法で作り出した小さな光を取り囲み、顔を見合わせる三人。


「よし、二人ほどいないが……全員集まっているなッ!」


 ハオランは交互に目配せをしながら言った。


「……言ってることが矛盾しているんだナ」


 ロウスーは冷静なツッコミを入れる。


 唐突に作戦会議をすると言い出したのはハオランであった。


 もちろんシャオメイとワンリーも誘ったがあっさりと断られ、こうして三人だけで集まっている。


(こういう特殊なイベントは……念のため参加しておきます!)


 ルッタは心の中でそんなことを思う。全てはゲーム攻略のためであった。


「おお! その真剣な表情……ルッタは随分と気合が入っているみたいだなッ!」


「当然です! 明日の戦闘に全てがかかっていますから!」


「だったら今すぐここでオレと闘うか?!」


「意味が分かりません! ハオランは変ですね!」


 言いながら、おかしそうにくすくすと笑うルッタ。


「でも、変なキャラは見ていて楽しいので好きですよ!」


 そして彼はそんなことを口にする。


 どうやら、この期に及んで自分をまともな方であると認識しているらしい。恐ろしい限りであった。


「正直、おかしさで言えばルッタとハオランは同じくらいなんだナ……」


 対してロウスーは小さな声で呟いた。


「そんなことはないと思います! 僕はサブキャラなので、それほどの面白さは持ち合わせていませんよ!」


「言葉の意味の分からなさではルッタの方が上なんだナ……」


 この中だと一番まともなのは彼である。


「オレも、ルッタはたまに何を話しているのか分からない時があると思うぞッ!」


 ハオランも腕を組みながら深々と頷いた。


「……それで、ハオランは何か師匠に勝つための良い考えがあるのですか?」


 手早く話を済ませるため、ルッタは単刀直入に問う。

 

「もちろんある!」


「では、それを教えてください!」


「――真元流しんがんりゅう奥義だッ!」


 彼が叫んだあと、沈黙が辺りを包み込んだ。 


「オレたちはまだそれを教わっていない! きっと、今までの練習に奥義の秘密が――」


「ハオラン」


 やがて、呆れた様子のロウスーが口を開く。


真元流しんがんりゅうに奥義はないって、前に師匠が話してたんだナ」


「…………!」


 ハオランは自信満々に胸を張ったまま固まり、それ以上は何も言わなかった。


「期待したオイラが……間違いだったんだナ……」


「……奥義はありませんが、教わった基本的な技を適切なタイミングで出して繋げていくことが大切だと思います! 連続コンボですね!」


「オイラも……ヘンなこと考えるより真剣にぶつかった方が師匠に伝わると思うんだナ」


 あまりにも正しすぎる反論であった。


「……二人とも、師匠みたいなこと言うようになったなッ! ハハハハッ!」


 それを聞いたハオランは豪快に笑った後、こう続ける。


「教えが身についている証拠だッ! オレが作戦会議を開くまでもなかったな!」


 何一つとして建設的な意見は出せなかったが、彼は何故か満足している様子だった。


「まさかハオラン……オイラたちのことを思って作戦会議だなんて言い出したのか……?!」


 その姿を見たロウスーが、驚愕の表情を浮かべながら問いかける。


「どうせなら、お前たちにも師匠に勝って欲しいからなッ! 師匠に勝てる強い奴は多ければ多いほどいいッ!」


「ハオラン……!」


 動機はともかく、彼なりに仲間を思っての行動だったようだ。


 師匠の教えたかった心の在り方が、話の通じなさそうな彼にもしっかりと根付いているのかもしれない。


(会話イベントでキャラ同士の好感度アップですね!)


 そしてルッタはいつも通りであった。


「……勝つことは重要じゃないネ。問題は師匠が認めてくれるかどうかヨ」


 その時、三人の背後でシャオメイの声が響く。

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