第7話 盗賊のボスを経験値にしたい!


 なぜか盗賊が占拠しているという不測の事態があったものの、初めてのダンジョン探索は順調に進んでいた。


「どうやら行き止まりみたいですね! もう逃げられませんよ!」


「ひいぃぃいっ! や、やめてくれっ! 助け――」


「とーーーーーっ!」


「ぎゃッ!」


 怯えて逃げ出した盗賊を行き止まりに追い詰め、木の枝で全力殴打して気絶させるルッタ。


(盗賊はちゃんとトドメをささなくても経験値になるみたいですね。……しっかりトドメをささないといけないワームやフォレストデビルとは、何が違うのでしょうか?)


 彼は内心不思議に思いつつ、慣れた手つきで倒れている盗賊の持ち物を漁り始めた。


(ドロップアイテムは……目ぼしいモノもないですし、持ちきれないので放置していきましょう。お金だけ貰っていきます!)


 これではどちらが盗賊かわからない。


 しかし倒したモンスターからお金を入手するのは当然のことなので、彼を止められる者はいなかった。


「……さてと、もうすぐ目的の場所に辿り着けるはずです!」


 ルッタは『アステルリンク』と呼ばれる重要なアイテムを入手するためにこの迷宮へ訪れている。


 原作では超古代端末と呼ばれるこの代物を手に入れることでワールドマップが解放され、一度訪れた街やダンジョンに一瞬で移動できるようになるのだ。


 要するに、ストーリー上で必ず入手するファストトラベル機能が付いた便利アイテムである。


 ルッタはいつでも自由に屋敷を飛び出すために、この端末を入手しようと目論んでいるのだ。


 盗賊たちによる予想外の妨害もあったが、今のところは問題なく目的を果たせそうであった。


「盗賊も狩り尽くしてしまったみたいですし、早く攻略を済ませて――」


 ひと仕事終えたルッタが満足げに呟きながら立ち上がったその時。


「そこのあんた、止まりなさい」


 突然、何者かに背後から冷たい声で警告される。


「……はい? なんでしょうか?」


 ルッタが振り返るとそこに立っていたのは、赤い髪と赤い瞳が特徴的な少女であった。


「今なら見逃してあげるから……すぐにここから出て行きなさい。……火あぶりにされたくなかったらね」


 少女は脅しをかけながら、手のひらに燃え盛る炎を生み出す。


「あたしは悪い精霊なの。あんたのことなんか……その気になれば一瞬で焼き殺せるんだから」


「――おや、炎の精霊メルカではありませんか。どうしてこんなところに?」


「そうよ、あたしの名前はメルカ……って、なんで知ってんのよっ!」


 脅しが通用しないどころか、名前まで言い当てられて驚愕するメルカ。


(ま、まさか……前の契約者?)


 彼女の脳裏に一瞬だけそんな考えがよぎるが、すぐに自分自身で否定する。


(違う、そんなこと有り得ない……)


 なぜなら、メルカの前の契約者はメルカ自身が殺しているからだ。


 彼女のの記憶は、縄で木に縛り付けられた前契約者の姿を目の当たりにしたところから始まっている。


 魔術師の格好をしていた彼女はすでに酷い暴行を受けた後で、息も絶え絶えであった。


 状況がのみ込めず困惑するメルカに対し、ラヴェルナは「この女を焼き殺せ」と笑いながら命令した。


 ――その後のことは思い出したくない。


 最終的に、その魔術師は泣きながら「ごめんね、メルカ」と言い残し灰になった。


 燃やされている時の彼女の断末魔が、今でもまだ脳裏に焼き付いて離れない。


「どうして……ッ!」


「どうしてって……原作の知識があるだけです。あなたは炎の精霊メルカですからね」


 ルッタはさも当然かのように答えた。


「違うっ! あんたは違うでしょっ! 違うのにっ……あたしの名前を呼ばないでよっ!」


 メルカは叫んだ。


 見ず知らずの人間に名前を呼ばれたことで、思い出さないようにしていた最悪な記憶が鮮明に蘇ってしまったのである。


「あたしは……何も覚えていないのにっ! もうやめてよぉっ!」


 両耳を塞いでうずくまるメルカ。以前の自分にとって大切な人だったかもしれない魔術師を手にかけた記憶が、彼女のことを苦しめているのだ。


「もう、やめて……っ、恨んでるなら……そう言って! あたしはっ、どうすればよかったのよぉ……っ!」


 普段はラヴェルナからの暴行によって無理やり現実へ引き戻されるのだが、今のメルカは一人である。


「えーっと……その反応は原作にないですね。いきなり大きな声を出されるとびっくりしてしまいます。一体、どうして名前を呼ばれるのが嫌なのですか?」


 そんな彼女の事情など知らないルッタは、予想外の反応を見せる原作キャラに興味津々だった。


「いわゆる裏設定というヤツですか? そういうの、ゲームにありがちですよね! 名前にまつわる辛い記憶があるのでしょうか?」


 ルッタは震えて動かなくなってしまったメルカに近づき、そっと顔を覗き込みながら呟く。


「まあ、呼んで欲しくないのであればできる限りそうしますね! 失礼しました!」


 そしてペコリと頭を下げた。


「うぅっ、うわあああああああああっ!」


 もちろん、今のメルカに彼の相手をする精神的な余裕はない。


(うーん……最初にエンカウントした時の会話からして、今のメルカは敵対モンスターだと思うのですが……まったく攻撃を仕掛けてきませんね。いきなり混乱状態といった感じです。……動かないのであればそっとしておいてあげましょう!)


 よくわからない態度に痺れを切らしたルッタは、ひとまず彼女を放置しておくことにする。


「ですが、敵対した炎の精霊が居るという事はもちろん……血装束ちしょうぞくのラヴェルナも近くに居るということですよねっ!?」


「…………っ!」


 自身が最も恐れる存在の名を出され、びくりと反応するメルカ。


 彼女の瞳には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいた。


「メルカは経験値にならないので倒しても美味しくありませんが、ラヴェルナは別です! ラヴェルナはどこに居るのでしょうかっ?!」


 そう言って、興奮しながら周囲を見回すルッタ。


「隠れていないで出てきてくださいっ!」


 彼が炎の精霊の相手をしなかった理由は、単に経験値としてのうまみがないからだ。


 それに対して、ラヴェルナにはボスとして大量の経験値が設定されている。


 ルッタの関心は、貧相な精霊の少女よりも豊満な女盗賊の方へ向いていた。


 ……これはあくまで経験値の話である。


「ラヴェルナさーんっ! どこですかーっ?!」


「――ここだよ、クソガキ」


 するとその時、どこからともなく声がした。


「はっ…………!」


「アタシのことを呼んだんだろォ? お望み通り出てきてやったぜ」


 暗い通路の奥から、胸元に傷がある褐色の肌をした女――ラヴェルナ・グリムが姿を現す。


 その体は返り血で染まっていて、顔には狂気的な笑みを浮かべていた。


「おぉっ!」


「今は使えねェゴミどもを始末したばかりで気分がイイ! そんなにヤりてェなら相手してやるよ、感謝しなクソガキぃッ! アハハハハッ!」


 血の付いた短剣を振り回しながら、うずくまるメルカを踏みつけ高笑いするラヴェルナ。


「うっ……うぅ……っ!」


「メルカ、テメェは後で殺す。……たっぷりいたぶってからなァッ! ヒャハハハッ!」


 狂気の女盗賊と対峙したルッタは――


「経験値だぁ!」


 メルカを踏みつけている彼女の足にめがけて、一切の躊躇なく木の棒を投げてぶつけた。


「く……っ?!」


 不意の一撃を足にくらい、後方へ飛び退きながら距離を取るラヴェルナ。


「て、テメェ……!」


「血装束のラヴェルナは高笑いしている時が攻撃チャンスです! だからもっといっぱい笑ってください!」


 ルッタは言いながら、懐に忍ばせていた太い木の枝のスペアを取り出す。


「――いいぜ……そんなに死にてェならぶっ殺してやるよおォおぉぉぉおッ!」


「経験値! 経験値! 経験値!」


 木の枝を天高く掲げながら、謎の言葉を繰り返し叫ぶ少年の姿がそこにはあった。


「ワケわかんねェこと言ってんじゃねェよクソガキィィィッ!」

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