引きこもり村
あっぴー
第1話 矢隠村は引きこもり天国
小学生の頃は良かった。
特に何も考えず、のびのびと生きていた。
中学に上がった途端に、生きるのが難しくなった。
まず、通学用の自転車は、目立つとリンチをされるので銀色一択、と言われた。
制服はスカートを短くしてボタンを開ければ先生に怒られ、
逆にすれば同級生に、いい子ぶっちゃって、となじられた。
同じグループの娘の話には、何でも同調せざるを得ない空気があった。
他のグループに話しかける壁が、やたら高くなった。
理不尽。
息苦しさ。
煩わしさ。
そういったものが私を、部屋に閉じ込めた。
両親には、成績は中位をキープするし高校受験もするから、と懇願した。
実際その約束は守ったが、高校も状況は変わらず、1カ月で元に戻った。
「希子、成人式ぐらい行きなさいよ。
お母さん、希子の振袖姿が見たいなあ」
「写真館なら行ってもいいけど」
「そういうことじゃないわよ…わかるでしょ」
じゃあ最初からそう言えばいいのに、なんで持って回った言い方をするの。
しかも、8年近く交流のない同級生と、なんで顔を合わせないといけないの。
写真館だって、私にはかなりの譲歩なのに。
私はそういう、意味のない儀式が大嫌いだ。
「希子、いい加減にしなさい!
家事すらせずに8年引き篭もった挙げ句…ここ2年は勉強もしてないし…
節目の年にお母さん孝行をしないとは、甘え過ぎだぞ!」
「おっ、お父さん」
「お前も20歳になったんだから、もう自分に責任を持ちなさい」
そんなこと言われても。
今更、大学や専門学校に行って、歳下と下級生になるなんて耐えられないし、
かといって就職試験を受けるのも、いきなり丸腰で戦場に行くみたいなものだ。
「ふっ、お前の考えは、全てお見通しだ」
ぎくっ。
「だが、今の時代で良かったな。
テレビやネットをつけても娯楽系ばかりのお前は知らないだろうが、
今年からそんなお前にぴったりの、三つ目の選択肢ができたんだ」
「…えっ?」
「お待たせしましたね、さ、入って」
おもむろにドアが開いて、25歳ぐらいの女性が入ってきた。
きっちりと髪を縛って、肌もよく手入れをしているのがわかる、小綺麗な人だ。
私はとても、そんな面倒なことをする気力は起きない。
「あなたが
はじめまして、
「こ、こちらこそ…」
声もきびきびしてるなあ…
この人みたいなデキる社会人は、どれだけの気力と体力を使っているのだろう。
「大体の事情はご両親から伺っております
ーあなただってご両親への後ろめたさはありますよね?」
「え、ええまあ…」
「なら話が早いですね
ーわたくし、新法案で誕生いたしました、このような村を管理しておりまして」
宝生さんはチラシを取り出した。
『働きたくない、外に出たくないあなたに!
矢隠村に移住してみませんか!
全員に同じ一軒家を譲渡、最低限の物資はスタッフが平等に配達!
月3万円の小遣いもあり!』
「へえ、山の中の村なんですね。
でも、どうせ引きこもるならどこでも同じだし、本当にこの条件で、しかも誰も文句を言ってこないなら
…控えめに言って、最高ですよね。
でも、いいんですか? 都合が良すぎて、却って不気味なんですけど…」
「いいんですよ、これは匿う側匿われる側、双方のストレスを軽減しようという国の政策なんですから。
それに、わたくしにもメリットがありますしね」
「えっ、どんなー」
「矢隠村は過疎化がひどく、私が最後の住民なんです。
でも故郷ですから、取り潰すのは忍びない。
だからあなたがたを受け入れることで、お世話は大変でも、国に守られて形だけでも存続する道を選んだんです。
他にも名乗りを上げた市町村はありましたが、我が村には元々、このログハウス風の家ばかりの集落があるので、
家の良し悪しで引きこもりの方同士が揉め事を起こさない、という利点があり、この新法案の舞台に選ばれたのです」
「なるほど…」
「それでは、早速ご同行いただけますね?
社会復帰も自由ですので、お気軽に…」
「はい!」
宝生さんの車で2時間ほど揺られてから辿り着いた、例のログハウス風の家は丈夫そうで、
最低限のものは既に置いてあり、電気、ガス、水道、ネットも通っていた。
…村の風習なのか、壁の模様がトーテムポールみたいに不気味なこと以外は。
こんな快適な所に居て、社会復帰する人なんていないだろう。
1時間後、私はまた宝生さんと顔を合わせることになった。
「はい、これが今日の夕飯です」
「ありがとうございます!」
ごはん、豚汁、きゅうりの漬物、焼き魚…
「これ、手作りですか…?」
「あっ、気がついてくれたんですね! そうです、私達のお手製です!
そんなこと言ってくれず、ただ黙って受け取るだけの人も多いのに、
さすが小森さんは、写真館に行こうとするぐらいの気力はある人ですね!」
なんかよくわからないことで喜ばれた。
黙って受け取るのと、何か聞いてくるのと、何が違うのか。
「家電などがやむなく故障したら交換いたしますが、一応室内と玄関周りには監視カメラがついていますので、
わざと壊したりしたら、未来のお小遣いから補填していただきますからね」
「はい」
あっ、豚汁がかなり冷えている。
はあ、レンジにかけなきゃなあ…
実家ではお母さんがやってくれていたから、こんなことすら妙に気怠い。
あっ、部屋が豚汁臭くなっちゃった。
この家の窓、妙におっきいな、よいしょっと…
すると突如、男性の怒号が耳に飛び込んできた。
「なんでこんなとこに無理やり連れてきといて、飯までこんなに少ないんだよ!」
隣の家の人か…
身長かなりある上に、横にも広い人だな。
この様子だと彼もまた、今日連れられてきたんだろうなあ。
こんな人を無理やりだなんて、大変だっただろうなあ。
「す、すみません…」
よく見ると、頭を下げているのは宝生さんだった。
「少ないと言われましても、平均的な男性一人前なんですけどね…」
「俺は平均よりでかいわ!」
「平等を謳っているので、貴方だけ増やすわけには…
それに、毎日この量を食べていれば、そのうちお体もすっきりなさって、ちょうどよくなるかと…」
「バカにしてんのか!
痩せたところで俺、身長180あんだぞ!」
うわあ。
この人、きっとご両親も怒鳴りつけてたんだろうなあ。
それで無理やりここに押し込まれたんだ。
私、こんなのと社会的には同じだと思われてるのかな…嫌だなあ。
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