3
戦が想いを巡らせている間に桃李の中での審議は終わったらしく、桃李はふむふむと頷いていた。
「なるほど手作り。悪くないですわね。自分で考えたオリジナルのマスコットキャラクターのぬいぐるみなど作ればいいかしら? あ、でも花日ならきっと花より団子ですわね。花なのに。お菓子にしましょうか」
「お菓子、いいと思います」
桃李の思いつきに、戦はこくんと同意する。
「花日様の好きなお菓子などは、ご存じなのですか?」
「ええ、それはもう。ここしばらくずっと一緒にいましたから」
桃李は力強く大きく頷き、続いて、全く力強くないセリフを胸を張って言った。
「では、戦様と泰山府君様が手伝っていただけます? わたくし、今までに手作りの経験がありませんの」
そう聞いて、戦が返事をするよりも先に、火亜の瞳が揺らいだ。
「……いや、僕は……料理が、できないから」
そう言う火亜に、桃李は「そんなんわたくしもできませんわよ」と涼やかな瞳でさらりと言ってのける。
「わたくし、食事はいつもお使用人たちに作っていただいてますわ」
「お使用人……?」
「食事を作っていただいているのに呼び捨てはあまりにも失礼かと、丁寧語の呼称ですの」
首を傾げる戦に解説してから、桃李はくるりと火亜に向き直った。
「貴方も閻魔大王の血を引く者ですし、自分で料理をしたことなど一度もないのはわかりますけれど、何事もチャレンジしなければ上達はありませんわよ。それに、貴方が作ったとなれば花日にとっても最高のプレゼントになりますわ」
「いや、君が花日のためにプレゼントを贈りたいんだろう? ならそこに、『僕が手伝った』という箔は不要だし、むしろないほうがいいんじゃないかな」
「なら、貴方は貴方で作ればよろしいですわ。この機会に、ふたりでメシマズ組を卒業いたしましょう」
「そういう話ではなくて……」
火亜はこつこつと額を叩いて、どう言ったものかとばかりに小さく顔を伏せる。
ややあってその口を開きかけたとき、
「許可しませんよ」
火亜の声よりも先に、入り口からしんと声が響いた。
戦はばっと振り向く。――また気配がなかった。
ついさっき出て行ったはずの紫が、いつの間にか扉の内側に立っている。扉は閉じられたままだ。まさかすり抜けたわけはないと思うが、一度開けて閉じたにしては何の音も気配もしなかった。
というより、どこから聞いていたのだろう。いつからそこにいたのだろうか。
戦が警戒していることに気づいていて流しているのか、最初から眼中にないのか、紫は掴みどころのない笑顔を消し、緊張させた真剣な顔つきで火亜に顔を向けている。
さっきこの部屋で話した時とは全く違う、圧をこめた口調が空気を抜ける。
「貴方は皇太子です、火亜殿。ヤマ殿にも言われているでしょう? ほんの少しでも危険な行為は僕が許しません。貴方はかすり傷ひとつできない立場にあるのですから。何のために護衛を雇っているのですか?」
「……わかっている」
「わかっていません。貴方も――桃李殿でしたか、目の前にいるのが閻魔大王のたった一人の御子であることを理解してください。自分と同じ場所に立っているなどと、勘違いしないように」
戦の胸がずきりと跳ね、桃李の眉がぴくっと動いた。
剣呑な目つきが、鋭く紫を睨み据える。
「……随分頭の固い部下を雇っていますのね。別に身分なんて関係なく、本人が楽しみたいことをすればいいでしょう。傷のひとつやふたつ、大した問題ではありませんわ」
「なりません。彼は特別ですから」
「わたくし、大人の立場を子供に押し付けるような人間は大っ嫌いですの」
「ええ、どうぞお好きに」
紫は軽く肩をすくめると、火亜の目の前まで歩み寄る。
「そういうわけですから、火亜殿。間違っても包丁を握ろうなんて思わないことですね。貴方はよくご存じだと思いますが、僕の目を盗むなど、月を盗むより不可能ですよ」
「包丁を使わないお菓子だってたくさんありますわよ?」
背後から桃李がすかさず口を挟んだが、紫は振り向きもせずばっさりと切り捨てる。
「ダメです。もしどうしても贈り物をしたいのなら、花でも摘んでみてはいかがですか?」
「……この方から花なんてプレゼントされたら、花日はばたんきゅーですわね……」
桃李は真面目な顔をして、顎を指でつまむ。
火亜の脳裏にも戦の瞼の裏にも、いつもの奇声をあげて倒れる花日の姿が容易に想像できた。
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