「……誕生日プレゼント……?」

 火亜と戦の言葉が、不思議なほど綺麗に重なる。

 桃李は机から手を離し、大きく頷いた。

「我が親友、花日はなびの誕生日が迫っているのですわ。わたくし、友だちの誕生日を祝うなんて初めての経験ですの。で、有楽ゆうらに相談したら、『花日は桃李ちゃんが頑張って選んだものならなんでも嬉しいと思うよ〜』なんて抜かしやがりますの! ふざけないでいただけます!? スーパーで買った有料のビニール袋でもいいとおっしゃいますの!?」

「それ、買ったっていうのかな」

 火亜が少しだけ顔を伏せて呟いたが、桃李の耳には届かない。

「わたくし、センスはいいほうなんですのよ。自他ともに認めております。祖父の誕生日には毎年冷やした水をペットボトルに入れて渡して、いい趣味だなと言われますし」

「いい趣味の意味を履き違えてるね。ていうかなんで水なの?」

「だってほら言うでしょう、豚に真珠、猫に小判、年寄りに冷や水。わたくしこの三銃士聞くといつも思うのですけれど、年寄りだけ扱い酷くありません?」

「プレゼントの例を表した言葉じゃないし、豚に真珠も猫に小判もなかなかに動物の扱いは酷いと思うよ」

 目の前でぽんぽんと繰り広げられる火亜と桃李の会話を、戦は片方が口を開くたびにそちらに視線を向けてきょろきょろと見守る。

 顔は正面を向いたまま視線だけ動くので、猫じゃらしを狙う猫のようだ。

 桃李は腕を組むと、軽くため息をついた。

「とはいえ、さすがに花日に冷や水を渡すわけにはいきませんの。あの子年寄りじゃありませんし。まだまだ若いですし。わたくしと同じく花の十六歳ですわ、花日だけに。そういえばわたくしも桃李だから花ですわね」

「…………」

 火亜は何か言いかけたものの、何も言わずに口を閉じて額に手を当てた。再び崩れる前髪。

 君と話すと疲れるな……と、全身が言っている。

 桃李は気を取り直して、ぱあん! と再び勢いよく机を叩いた。

「まあそんなわけで、天下の泰山夫君様に、誕生日プレゼントのアドバイスを頂きたいのですわ! 過去に誕生日プレゼントを贈った例などお聞かせ願えます?」

「そうは言っても、僕はつい最近まで人との関わりがなかったし……誰かの誕生日を祝ったことなんて……」

「あら、友達いないんですの?」

「今は叡俊と夾竹桃、それに戦が友達だよ」

「でも友達になって数週間かそこらじゃありません?」

 初めての友達ができて数週間かそこらの自分のことは、力の限り棚に放り投げる桃李。桃李の場合何が問題かと言えば、棚に放り投げている自覚がないことである。

「期間は関係ないだろ、友達は友達だ。……戦、戦は誰かに贈り物をしたことってある?」

「私ですか?」

 唐突に話題を振られ、戦は細い顎に指を添えて考え込む。

「……そうですね、私はそもそも、人の誕生日を祝うということがどういうことか、あまりよく分かっていなくて……」

 戦の場合は人との関わりはあったが、関わった人の誕生日を祝うという発想に至ることがなかった。

 火亜と出会うまでの戦は、祝ったり祝われたり、贈ったり、贈られたものを喜んだり、そういうことをほとんどしてこなかったと言っていい。

 人が生まれた日が巡ってきたからといって、祝うことに何の意味があるのだろう、何が楽しいのだろう、とぼんやりと遠く思うくらいで。

「……あ、でも、その、貰う側でしたら……」

「経験がありますの⁉」

 桃李ががばっと身を乗り出した。

 戦は小さくこくりと頷く。

「その、思ったのですが……手作り、などどうでしょうか。私は……大切な人が自分の手で、自分のために作ってくれたものを使わせてもらえるのが、嬉しかった、と思います」

 嬉しい、と思っていたのだろうか。あのときの自分は。

 あのときはまだ感情の名前なんて知らなくて、そもそも自分に感情があることさえ知りもしなくて。

 そのときに戻らないとわかりはしないけれど、でもきっと今思い出す限り、あのとき、何一つ動いていないと思い込んでいた心臓の奥で、ほんのりと鼓動した気持ちは。

 つい最近になって、ようやくわかった、ようやくてのひらに舞い降りた想いは。心は。

――そういえば誕生日は、十月……でしたっけ。

 ふと、意識が遠くに飛んだ。

 今の自分が、やっと感謝できるようになった、感情を知って初めてその大切さに気付けたひとたちの一人。

 今年は、誕生日を祝えるだろうか。

 今年なら、今ならちゃんと祝うことの意味がわかる。それだけでなく、祝いたいと思う。そうしてお礼が言いたい。

 生まれてきてくれてありがとう、出会ってくれてありがとう、一緒にいてくれてありがとう、とそう言えたなら。ちゃんと伝わったなら。今まで貰い続けたぶんを、言わずにいたぶんを、言えなかったぶんを。

 でもたぶんもう、自分は嫌われてしまったらしいのに。長い間、言葉にすることを放っていたのに。

 一体今さらそれを、どんな言葉で始めればいいのだろう。

 あとで火亜様に相談してみよう、とそう決めて、戦は桃李に視線を合わせ直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る