アフター・レボリューション~エイリアン大開戦~

机カブトムシ

第1話 アキトの出会い

 一条という表札の掛かった一軒家に、学生鞄を抱えたブレザー姿の青年が駆け込んだ。彼の名は一条明人いちじょうあきとという。


 帰宅した平均的男子高校生である。


「選択科目の紙貰ってきた?」


「もう書いた。生物取るから!」


 素晴らしいスピードの早着替えを行い、青いジャケットに緑のズボンの姿で、財布と携帯だけを斜めがけの鞄に突っ込み、彼は家を飛び出した。


 遊びに行く平均的な男子高校生である。



 彼が電動自転車に飛び乗って向かった先は、最寄りの大きな公園だった。


 友達との約束である。


 しかし、公園につく寸前で彼の携帯が振動する。自転車は路肩に停めざるを得なかった。


「もしもし?」

「ごめん、行けなくなったわ。彼女が…」


 通話を切り、自転車で駆け出す。


 そのまま公園の適当なところに自転車を停め、芝生の上に飛び込んだ。


 彼はそのまま仰向けになったまま動かなかった。愛も恋もない雲へ視線を伸ばしていた。


 彼が普通の感覚を持つ学生であれば、すぐに立ち上がって家に帰るはずだ。


 ごく一般的な学生に向けられている価値観であれば、彼は公園で空など眺めずに、帰宅して勉強をすべきなのだ。


 受験ではなく、目の前の試験のためだけにそうすべきだった。推薦のための実績自体はあるからこんなこともできるが。


 大量に抱えている訳でもないすべきこともなさないまま、高校生活を消費する。公園の芝生の上に居る彼の行動の価値はなかった。



 上空から落ちてくるそれの存在が無ければ。

「なんだぁ?」


 彼は、小さな点が自分の上にあるのに気づく。そして、それが落ちてきていることにも。


「おわっ」


 慌ててその場から飛びのいた彼の目の前には、美しい落下物があった。クッションとなってひしゃげたらしい布の上にそれは立っていた。


「人間……?」

「人間ではない。狭義のな」



 それが高い知能と繊細に進化した前腕を持つ二足歩行の生物という意味であれば彼女は人間であり、ホモ・サピエンスが人間という意味であれば彼女は人間ではなかった。


 肌は濃紺であり、親指は2本、美しい金髪に覆われた頭頂部から兎に似た耳が二つ生えているのだ。


 ウールシルクに近い材質で、真っ白い布の服をポンチョのようなつくりの服のフードを降ろしているというのも、現代日本においては見ない姿であった。


 青年はとぼけた顔をした。彼はこんな姿の人間を生まれてから一度も見たことはなかったのだ。


「悪の組織から逃げ出した改造人間とかか? ベルト持ってるぜ」


「自己紹介しないといけないようだな。私は惑星国家ユーレオンの王、ユーレオン・カフトリー・リュビン、十七歳! 祖父のユーレオン一世がゼゴー星系の諸派軍閥を統一したが、祖父の死後、父が急死して私がユーレオン三世となった時に革命が起きた」


 ずいぶんと纏められた話に、彼は自分の目の前にいる者が誰なのか逆にわからなくなった。要するに彼女は亡命に成功したルイ十七世のようなものだ。


「よろしく。ユーレオンさん?。おれ……私はアキト。一条明人だ。それで地球に亡命してきたわけ?」

「そうだ。来る途中で捕捉されて緊急脱出する羽目になったがな。あとリュビンと呼べ」



「落ちてきたのはそういう訳か……。ところであれはお友達?」


 半径15mほどの真っ黒な円盤が空に現れていた。それは、彼女の身の上話に説得力を与える。それは雲よりも下にいて、白い雲とのコントラストがその姿をより恐ろしく見せていた。


「違う……。逃げてきたのは私一人だ」




 アキトは彼女の手を取って公園の中を駆け出した。遊具の横を通り、階段を走り降りて、赤い電動自転車に乗る。鍵を開けて自分のヘルメットを彼女に被せ、フレームだけの荷台に座らせた。


「ちょっと一体……!?」

「逃げるよ!」



 ペダルを踏み込み、二人の体は風を切る。ベージュ色の文化会館の横を通り抜け、潮風の香りを追って閉まりつつある遮断機の下を抜ける。


 スパイスの香るカレー屋の前を走り抜け、すっかりみんな逃げ出した様子の大通りを爆走した。


「ねえ、海が見えるんだけど。山に逃げた方がいいもんじゃないの?」

「分かってる! でもここじゃそうじゃない」



 アキトは前輪を持ち上げて左に動かしながら後輪のブレーキを掛け、交差点の真ん中で向きを変える。


「海の上は走れないの?」

「走れたらいいな!」


 アキトは再び強くペダルを踏み込み、国道16号を突き進む。


「この世で一番頼りになるやつがこの街には居る!」


 そう言いながらアキトはハンドルを切って国道から逸れ、米軍の横須賀基地の門の前に飛び出した。


 アキトは眠そうな表情をしている二人の衛視に声をかける。


「すいません! この子は宇宙人のお姫様で、あのUFOに追われてるんです!」


 二人の衛視の男は、空も見ずに怪訝そうな顔を見合わせた。


「おいジョニー、日本語できたよな? この坊主はなんて言ってる」

「聞いたら笑うぜケルビン。こいつらはUFOに追われてるってさ。おおかた空軍機でも見間違えたんだ」


 二人は笑いながら空を見上げ、すぐにアキト達へと視線を戻した。


「ジョニー、この子らを基地に連れてってやれ」

「お前はどうするんだ?」


 ケルビンは、黒いアサルトライフルをUFOに向けて構えた。UFOは悠々と空を飛び、基地の中に侵入しようとする。


「俺のカービンに、UFOのキルマークをつけてやるんだ。早く連れてけ!」


「こっちだ。それを降りてついて来い!」


 ジョニーがアキト達へそう言い、走り出した。アキトは自転車を乗り捨て、リュビンの手を引いてジョニーに続く。


 彼らの前に機関銃を装備した四輪の大型車両が現れる。


「そのハンヴィー待った! この子らを乗せて海に届けてくれ! あのUFOはこの子らを追ってるんだ」

「任せろ!」


 ハンヴィーの扉が開き、運転手を残して降車した。そしてすぐにジョニーがアキト達を抱えて中に飛び込む。


「いくぜ!」


 運転手がアクセルを踏み、ハンヴィーが軍用車らしいエンジンの勇ましい音を立てて出発した。

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