第6話:賄賂は人間じゃなくても効く

「意外と心地の良い場所ですね、ここは」

コーヒー豆のガリガリと挽かれる音、茶葉の香り。

私はゲールの家の下層にあるカフェを見渡して、満足げに一息を抜く。

楽しみな事に、今日は従業員として初めての営業日だ。私がここに泊まるようになってからもう一週間にも関わらず、カフェは私にとってまだの未知の領域だ。すぐ下の階にあるのに?とも思うかもしれないけど、私はマリーの修理や開発で忙しい。正直まだ試したい事がありすぎて、今でもそれに戻りたいけど…

「ほら、これは全テーブルにつけろ」

「はい~」

カフェにも手伝うと約束してしまいましたね。ここで金を稼がないと私たちの食事代も研究金もない。

まあ、そういうわけで私たちは店を開ける準備をしているが、今日はなんと、特別な実験日でもある!

つまり今日の従業員は私とゲール二人だけでなくて…

「動き辛い…」

マリーちゃんも今回のシフトに参加するとういう事です。目的は勿論、人と対応する中で彼女のアライメント、人間性、の向上を試みる為!

「ふんふん!よく似合いますね!」

没入感も大事なので、私は彼女にぴったりのメイド服を用意してきた。

「お前、こんな服も持ってったのか?俺らにはそんな派手な恰好なんてなかったはずだが?」

「雰囲気も大事ですよ、雰囲気。他にも色々も持ってますけど」

「いやどんな雰囲気を醸そうとしてんだ?このカフェはそういうもんじゃない」

ゲールからの評判が悪かったが、気にしない。それよりマリーちゃん本人の感想は?

「苦しい…」

だそうです。

「まあまあ、そのうちはなれますよー。それより客のもてなし方をちゃんと覚えていますか?覚えていないのならもう一度教えますけど…?」

リンリンと玄関の上から垂らしている鈴音が甲高く鳴り響く。

お?早速お客さんが入ってきたのね。ゲールの店にどんな客がくるかはずっと気になってたけど。このカフェは看板は少ない上に、唯一の従業員であったマスターの性格はどうみても最低で最悪。もしかして私とマリーが加わった事で営業が盛り上がる可能性は…?

「いらっしゃいませ、ヴィル殿」

「ああ、ゲール君、いつものお願いね」

慣れた感じで扉を潜ったのは男性一人。外見からは恐らく五十代半ばで、気品の良い人間と見受ける。細かい動き、服装、口調、それらの全部からは洗練さが伝わる。私の道端詐欺っ、じゃなくて、商人の目が間違っていなければ大物に間違いない。

「やっと店員を雇ったのか、ゲール君」

男性、改めてヴィル殿はマリーや私をみて、コーヒー豆を挽っていたゲールに声を掛ける。コーヒー豆の香りはやっぱりいいね。

「いや、これは俺のいとこです。突然泊まりにきたから手伝って貰っています」

仕事モードに切り替えたゲールは敬語を使いこなしている。私への対応と正反対で、彼の違う側面が見えている気がする。

でも…ん?いとこ?知り合ったばかり女が家に泊まっているのをバレたくない…?

「…」

睨まれた…うわっ。わかったわかった、演技でお付き合いします。

「私はっ」

「彼女はトレーニングは受けていないため、失礼な行動はお許しください」

…遮られた?しかもなんて?

眉根はまたびっくんと反応する。回るくどい言い方で「この人はバカだから許して」と言っている。

「カミラです、よろしくお願いします」

「そこはいたしますだろう」

横からゲールの言葉は槍みたいに鋭く刺さってくる。

「普段敬語で話しているはずのお前がこのくらいもできないのか」

「私と敬語を使った事ないあなたはいつから敬語の審判人になりましたか?」

「いとこだろう?使うわけがない」

「はあ?いとこじゃ…」

!!!

この人!!ムカつく!!!

技と自分の使った設定を利用してる…なら…

「じゃあ私も敬語辞めますね」

「好きにしたら?」

「…」

で、できない…

「仲が良いね」

自分の席から私たちのやり取りを見守っていたヴィル殿からは微笑ましそうに、そんな感想を述べる。この店の普段と違う雰囲気を楽しむ事ができて、喜んでいるようだ。

「できた、マリー、ヴィル殿にこれを渡してくれ」

「わかった」

バーを越して、マリーはゲール淹れたてのコーヒーを受け取って、慎重にとヴィル殿のテーブルまで運ぶ。

「おや?この子は…子供だと思っていたが、違うね?」

ヴィル殿は近づいていきたマリーを近くで観察し、鋭い目付きでマリーの正体に当てようとする。

「どうぞ」

マリーは両腕を差し出して、ヴィル殿の顔の前にコーヒーカップを持つ。

「マリーちゃん、直接渡すんじゃなくて、お客のテーブルに置くのでしょう?…」

やっぱり忘れてたか…

「いやいいんだ、ありがとう、お嬢さん」

「食事の注文はする?」

マリーはグラスの目でヴィル殿を見つめて、淡々と彼に聞く。

「おほ?受け取ってくれるのか?」

ヴィル殿は確認するようにマリーの肩を越して、私やゲールをみる。

ゲールは頷き、真剣な目でマリーの様子をみる。マリーちゃんの為に寧ろ望むところだ。人間を理解するためへの第一歩。

「じゃあプロシュートハムの皿一つ、オレンジジュース、そしてトーストをお願い」

「わかった。ガーリックトーストとオレンジジュースとハム」

「マリー、どうみても違うだろう」

止めないといけないと思ったか、ゲールはマリーの注文とりに口を挟む。バーの後ろから離れて、マリーの隣まで歩く。両腕を組んだまま、マリーを見下ろしている今のゲールはどうみても期待を裏切られた父親そのものだ。

「もう一回やってみろ、ヴィル殿が注文したのはなんだ?」

「プロシュートハム、ジュース、チーズ」

「チーズはない、もう一度」

「ハム、ジュース、トースト」

「具体的になんのハム、なんのジュースも言え」

「つまんない。ゲールすごくうるさい」

「は??」

マリーちゃん、なに言ってっ

「は!はっはっはっはっ!」

…あれ?

ヴィル殿は…笑っている?彼の今までの品度の高さはどこかへ消え、年に相応しい腹からの大笑いをする。

「人は本当に入っていないのか?私の甘ったれ孫とそっくりでびっくりしたわ!なあゲール、この子をわたしに売ってくれないか?設計図があったらそれも」

金の匂いがしたのか、ヴィル殿は大物のしょうに商人の顔が垣間見せる。これはもしかして大金を貰えるチャンス?!?

って何考えてるんだ!?私。マリーから金を得るのは悪魔でも開発が完全に終わってからだ!なんてちょっと酷いか…でも金が…

「残念ですが、これは俺のお爺さんと婆さんが最初に開発した物です。したくても売れませんよ」

ゲール即答でヴィル殿の提案を拒否し、私の夢見ていた大金も瞬きの間に消える。

「そうか…」「そうですか…」

ヴィル殿や私は興奮が治まって、少し憮然となる。

「いやなんでお前がしおしおとなってんだよ」

あっちゃ、気付かれちゃったか。

「気のせいですよ。とりあえずマリーちゃん頭の中みていいですか?私と練習していた時はちゃんと私の注文を取っていましたから、なにか外れたじゃないかと心配です」

「大丈夫、ゲールがつまらないなだけ」

「失敬にも程があるぞ?」

やっぱ売るべきかとゲールは改めてヴィル殿のオファーを考慮する

マリーちゃんは相変わらず毒舌だねえ〜…

「少し待ってくれないかな、お嬢さん」

突然ヴィル殿は声を上げて、マリーをチェックしようとした私を制する。

「人間じゃないからとはいえ、子供をいつまでも子供扱いしたら大人にはならないと同じように、いちいち彼女を機械みたいに扱ったら、次の段階に彼女は進めない。孫を16人も持っているわたしから分かる」

ヴィル殿はそう言って、着ていたコートの懐からある丸いものを取り出取り出す。

「ほらお嬢さん、これは何かわかるかな?」

「クッキー…」

マリーちゃんは獲物を見つけた虎のよう、ヴィル殿の指の間に挟まれている砂糖の塊を見据える。しかし…なんであんなお洒落なコートにクッキーを?

「私の注文を覚える事ができたらこのクッキーはお嬢さんの物だ。いい取引だろう?」

「ヴィル殿、僭越ですがマリーには味覚などっ」

「わかった」

「「はあ??」」

驚愕を合わせるマリーの保護者二人。

マリーはいつものビッともしない表情でヴィル殿のチャレンジ、とういか賄賂、を受ける。

なんで?

ゲールが言ったように、マリーに味覚などないし…食べられると言えばまあ、一応そういう機能もあるけど…マリーが人をバカにする事以外に興味をみせた事なんて…ある?

「では、もう一度言う。私の注文はプロシュートハムの皿一つ、オレンジジュース…いやすまない、気分が変わったのでオレンジよりグレープフルーツがを、そして最後にトースト一つだ」

マリーはヴィル殿を見つめて、彼の注文の情報をできるだけ吸い込めようする。カフェにいる三人の人間は彼女をみて、彼女が口を開くのを待つ。

けど…こない…?

「ちゃんとわかったか…?マリー?」

沈黙を破ったのは彼女の作者であり、父親でもあるゲールだ。

「…」

「え!?マリーちゃん」

一瞬だけど、マリーちゃんの表情は…変わった!!!いつも人形のように堅い瞼を細んで、顔を顰めた!!!

「わか…らない…」

「大丈夫だ、覚えている事は言え」

「プロシュートハム一つ、オレンジジュースけど気分が変わったからグレープフルーツ…」

「いやそこまで細かくなくてもいい…」

「と…と…パン?一つ」

「近いです!マリーちゃん!」

「近いパン?」

「まああれでもう十分だろ、トーストだ」

「ゲール、そこは答えを言っちゃダメだぞ?子供を相手にするとまずは辛抱強くならないと」

ヴィル殿は我慢できなかったゲールを叱って、頭を振る。

「あっ、すみませんでした」

沈黙がちょっと気まずくても、子供には考える時間を与えないと。

「約束は約束、取引は取引。ほら、これは君の物だ」

ヴィル殿はそう言って、クッキーをマリーちゃんに渡す。

「かむかむ」

即座に口に入れたのは言うまでもない。

「ゲール、試してみたい事があります、いいですか?」

「ああ、言うまでもない」

マリーをより一層にアップグレード、進化させる手段は、思っていたより甘いものだったかもしれない。

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