第33話 ある都市の眺望
あれから4年が経った。
ドラロッシュと私はせっせと馬を替えながら街から街へと走り抜け、ついにオディリアを脱した。現在はオディリアの西方にある国、ヴェレニスに身を寄せている。
初めは他人の家を間借りしながらの、一からの再出発だったけれど、オディリアで
4年前のあの夜。馬車や逃亡の手配を買って出てくれたのは、なんと以前ドラロッシュが絵の依頼を受けたカヴァリエ商会の会長だった。なんでも、さるオディリア貴族が所望する異国の品を納品した際、代金を踏み倒された経験があり、高貴な人種への不信感を
カヴァリエ商会は一族で手広く
いわく、マーロウ商会がドラロッシュ・ダンヴェールの
要は至れり尽くせり。カヴァリエ商会とマーロウ商会には感謝してもしきれない。
「クラウディアン。迎えが来たよ」
マーロウ商会の従業員の呼びかけに私はパッと顔を上げる。
少しの時間だけど、私もマーロウ商会の仕事を手伝わせてもらっている。商会に日々届けられる商品の品質確認と、掃除くらいだけれど。
オディリアのダンヴェール邸で美しく高価な調度品に囲まれて暮らすうちに私の目は自然と肥えたみたいで、特に美術品を見る眼力が鋭いのだという。掃除も、商品に一切触れることなく
私が外の世界で簡単に働けるようになったのは、ドラロッシュの意向でもある。慣れない土地、ドラロッシュは絵の制作で家を留守にしがち。私を1人にすると危ないから、せめて味方であるマーロウ商会に預けておいた方が安全だと。
それともうひとつは。
「アン」
淡い金髪、白ワインに咲かせて溶かしたスミレの砂糖漬けみたいに鮮やかな双眸。4年前どころか、私の記憶の一番古いところから見た目が
「ドラロッシュ」
靴音を高く鳴らして、私は彼の胸に飛び込む。
ドラロッシュより4つ5つ年下だろう従業員の若者が、ぽかんと口を開ける。雇われたばかりのこの若者は彼と初対面なのだろう。幸せそうな私の笑顔とドラロッシュの得意満面な美貌を交互に
彼はこうして、他の男の戦意を喪失させる。私を好きになる不届き者が出てくる前に、芽を摘んでおきたいのだそうだ。実際、過去に私に言い寄ってきた別の従業員も、それはそれは甘い微笑で
「帰ろう」
手を取られ、握り返す。指同士を絡め合わせてみたいものの、彼が困るのでやらない。
私たちの関係に進展はない。ヴェレニスでは親子じゃなく、『亡くなった絵師の娘とその元弟子』という真実に沿った関係で通している。オディリアのカヴァリエ商会の耳に届いたらややこしいことになりそうけれど、その時は正直に事情を明かすつもりでいる。
この関係を言うたび、周りの人は
彼らの想像が現実になれば良い、と考えているのは私だけ。ドラロッシュにはどっちつかずの距離感を潰す予定はないようだ。
「今日は少し早いのね」
日が暮れるにはまだ早い時間帯。煉瓦敷きの街並み。商会の構える通りと反対側を向けば、灯台やワイン醸造所の
灯台とワイン醸造所の間には橋状に設けられた
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