Episode 8: Howl Now

 キーボードの前に座るヴィクター・グレイブ。かつては誰とも音楽性が交わらず、孤独なソロ活動を続けていた。だが、演奏をレオンとエコーが見に来たことで転機が訪れる。自分の音に興味を持ち、共にやろうと声をかけてきた彼らに対し、最初は戸惑いと疑念が勝っていた。しかし、彼らの音源を聴き、再びライブ演奏を目にしたことで、その感性に強く惹かれた。ヴィクターはついに、Crimson Howlとしての活動に加わることを決意した。


 彼は教師になる道を歩んでいた。だが、音楽への想いを断ち切れず、加入を決めたことで家族と衝突もあった。それでも彼は、自分の選んだ道を貫き、やがて両親も静かにその決断を認めるようになっていった。



 地下にあるスタジオの一室。 薄暗い照明の下に、四人が揃って立っていた。


 ギターを構えるのは、レオン・ヴァスケス。

 感情を音にぶつけることでしか表現できなかった彼にとって、音楽は心の叫びだった。

「これで、ついに全員集合ってわけだな」

 笑いながらケースからギターを取り出す。


 ベースを手にするのは、エリック・"エコー"・モリス。

 孤独と雑音に包まれた幼少期を経て、音を通じて他者と共鳴することを知った。

「思ってたより、早かったな」

 肩をすくめながらも、目の奥には静かな熱が灯っている。


 ドラムスティックを指先でくるくると回すのは、ジェイド・ローソン。

 正確なリズムと大胆な感性を併せ持つ、勝気でボーイッシュなドラマー。

「ま、私が入った時点で流れが来てたんでしょ」

 と自信たっぷりに言ったが、口元には照れ隠しの笑みが浮かんでいた。


 そして、キーボードの前に座るのは、ヴィクター・グレイブ。

 厳格な家庭に育ち、クラシックからテクノへとたどり着いた表現者。

「……ここで、どんな音が生まれるのか。楽しみにしてる」


 初めて交わす、四人の音の会話。 そのどれもが、まだ探り合いで、不器用で、それでも確かだった。


 それぞれの過去を背負い、居場所を求めて集まった四人。

 いま、同じ方向を向いていた。


 ──この日、この瞬間。

 Crimson Howlは、初めて“始まった”。



 音合わせが終わった後、レオンが提案した。

「せっかくだし、うちで飯でもどう?」


 エリックとルームシェアしているのは、テナントビルの最上階にある物置部屋。

 もともと倉庫として使われていたその空間は、断熱もまばらで冬は寒く夏は蒸すが、誰にも邪魔されない静かな場所だった。

 リビング代わりのスペースには楽器とスピーカーが所狭しと並び、壁には歴代のライブフライヤーが貼られている。

 ジェイドとヴィクターは、そこで初めてふたりの暮らしを垣間見ることになった。


 ピザと缶ビール。気楽な食事と、くだらない会話。

 最初はぎこちなかった空気も、次第にほぐれていく。


「何このポスター。レディオヘッド?」

「うん、OKコンピューターのツアーの時のやつ」

「マジか。私もあのアルバム好き。特に“Exit Music”」

「俺は“Let Down”かな。あの崩れ落ちる感じが、なんかさ……」

「ふふ、こういう話できるの、いいね。ちょっと嬉しいかも」


 笑い声が、静かな夜を満たしていく。

 それは、バンドというより、まだ家族未満の、だけど確かな“仲間”の始まりだった。


 それから数か月後、彼らは初めて4人でレコーディングに臨んだ。曲名は『First Howl』。


 書き上げた詩は、4人が今まで溜めた気持ちを爆発させる曲へと昇華した。

 すでに何度もライブで演奏していたが、スタジオの密閉された空間で、改めて音と向き合う。


 ヴィクターは、自分の手でキーボードをセットしながら、思った。

(この音が、どこまで行けるのか)


 ジェイドはスティックを握りしめた。

 ステージで感じる熱気とは違う、冷たい空気に包まれながらも、確かに高鳴る鼓動。

(叩いて確かめるしかない)


 エコーは低く唸るようなベースを指で弾きながら、静かに深呼吸を繰り返す。

(この音が、誰かに届くのか)


 レオンは、マイクの前に立ち、息を吐いた。

(どこまでも響け!)


 エンジニアが合図を出し、赤いランプが点灯する。

『First Howl』の録音が始まった。


 初めて、全ての音が重なった。

 ──四人の音が、ひとつになって吠えた瞬間だった。



 ──あれから、時は流れた。


 数々の音楽を作り上げ、4人で一つの時代を築き上げた。


 喧嘩をすることもあったが、それもまた、互いに本音でぶつかり合うことができる関係だった。衝突のたびに、互いの距離を測り直し、信頼を積み重ねていった。


 ゲームの主題歌を作ったり、アメリカだけでなくヨーロッパでもライブツアーを行った。 めまぐるしく、けれど濃密な12年間だった。


 その後、バンドは活動を一時休止した。

 それぞれが音と向き合い、それぞれの場所で音を奏でていた6年間。


 そして、結成から19年たった今夜。

 再び集まることになった、かつての“仲間”たち。


 バンドの故郷ともいえるシアトルのライブハウスのステージ裏で、レオンはギターの弦を確かめながら、ぽつりとつぶやいた。


「さて、もう一度吠えるか──」


 静かに、でも確かに。

 あの日の“最初の遠吠え”が、いま再び夜に響こうとしていた。


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