「不幸体質、異世界で救われる?」⑤

 遥が次に目を覚ましたのは、NEXUSゲートツアーズの事務所に併設された、小さな医務室のベッドの上だった。


 学校の保健室のような一室で、ほんのりと消毒薬のにおいが鼻をくすぐる。白いスチール棚には常備薬や包帯の箱が並び、蛍光灯の明かりが天井に反射している。どこか懐かしさのある、地球の現代的な空間だ。


「……知らない天井だ。とか言わなきゃダメかな?」


 自嘲気味に呟いた遥は、自分の腕に再び光を帯びた腕輪がはめられていることに気づいた。

 ぼんやりと身体を起こそうとしたとき、視界の端に、ふわりと光る小さな尻尾が揺れた。


「……ルミン?」

 


 森の奥深く、ミルフィとフィリアはそれぞれ異なる方向から捜索を進めていた。

 しかし、途中で同じ異変に気づく。


「にゃにゃっ!? あれ見てにゃ、セリカ! 森の動物たちが整列してるにゃ!? なんか見ちゃいけない神秘とか見てるにゃ……!?!」

「……あれは、群れを成して一定方向に誘導している行動ですね。明らかに異常です。……ですが、ミルフィ様が『まるで導かれているように見える』と叫んだのは、珍しく正しい分析でした」


 ふわふわと跳ねるルミンを筆頭に、リスのような獣、ふくふくした鳥、しっぽの長いねずみのようなものまで、数匹の小動物が隊列を成して森の奥へと進んでいく。


「この先……?」


 ミルフィとフィリアはそれぞれ違う方角から同じ方向に導かれ、まるで森がひとつの意志を持っているかのように動物たちが導線を作っていた。


 そして、獣道の先で二人は合流する。


「ミルフィ~、やっぱりこっちに来てたのね~」

「フィリアもにゃ!? まさか、ルミンたちが誘導して……」


 その奥には、小さな巣穴の入り口があった。


「ここ……だと思うにゃ」


 フィリアが巣穴の奥に軽く魔力の探知波を送り出す。


「反応あり~。生命力は低下してるけど、意識は残ってるわ~」

「よかったにゃああああ!!」


 中に入り、ふわりと光を灯すと、そこには腕輪の魔力がほとんど切れかけた遥が、ルミンに寄り添われながら横たわっていた。


 セリカがすぐに顕現し、沈着冷静に周囲の魔力を解析しながら状況を口にする。


「腕輪の魔力は完全に枯渇。被験者は環境魔力への耐性が低く、魔力障害の典型的な初期症状が確認されました。……さらに詳細検査の結果、この腕輪は旧式モデルで、充填テスト未通過の不良品です。正規在庫としては登録されておらず、在庫整理の際に混入した可能性が高いです」


 それに続いて、ルミナも光を揺らしながら現れ、低く呟いた。


「……まったく、管理システムの確認が甘い証拠ですね。チェックすべき帳簿が多すぎるとは言え、これは完全な人的ミスです。誰とは言いませんが」

「……ルミナ、それ私たちのこと言ってない~?」

「さて、どうでしょう。心当たりがあれば自省なさるとよろしいかと」

「にゃっ!? そ、それって……!」

「管理番号が旧型と一致。流通段階で除外されるはずのものが混入していたようです。……ちなみに、ミルフィ様が先日“棚卸しの途中でおやつ休憩をはさみすぎて混乱したかもにゃ”と発言していた記録も残っています」

「うぅぅ~、またやらかしにゃ……」

「まったく、精霊サポートシステムは“飾り”ではありません。もっと積極的にご活用いただかないと、我々の存在意義に関わります。指示を仰いでいただければ、在庫照合程度の作業は十倍の精度でこなせるのですが」

「急ぎましょう~。このままだと、魔力障害で長期的な影響が出る可能性があるわ~」


 ミルフィは遥を抱き上げ、フィリアと共に転送陣へ急ぐ。

 


 そして数時間後、地球に戻りNEXUSの事務所で応急処置を受けた遥は目を覚ましたのだ。

 枕元にはミルフィとフィリア、そしてふわふわと浮かぶルミナとセリカが揃っていた。


「目、覚めたにゃ……よかったにゃ……!!」

「……ほんと、無事でよかったわ~」

「え、えっと……何がどうなって……」


 セリカが簡潔に状況を説明する。腕輪の不良品、魔力障害、森での小動物たちの誘導……。


「そういうことだったにゃ……ごめんなさい、遥。本当にごめんなさい……」

「今回は私たちの管理ミスだから~。責任はちゃんと取らせてもらうわ~」

「……ううん、いいよ。あたし、昔からこういう運命なの。 雨の予報じゃないのに出張に行けば天気予報外れて豪雨になるし、スマホのアラームが鳴らない日に限って大事な商談があったりするし。でも――不幸って、時々面白い偶然も連れてくるんだよね。今回、ルミンに助けられて、あの森で過ごしたの、ちょっと不思議で……悪くなかった」


 心のどこかに怒りたい気持ちがなかったわけじゃない。でも、それ以上に胸に残ったのは、あの異世界で見た森の光や、小動物たちの行動、ルミンの温もりの記憶だった。


“こんな体験、普通じゃ絶対できない”――そんな想いが、不思議とすべてを許せてしまう気持ちに変えていた。


 二人が顔を見合わせ、ほっと息をつく。


「じゃあ、もし気が向いたら……今度はちゃんとした異世界旅行をプレゼントするにゃ! 無料で! 特別枠にゃ!」

「ほんと~に~、ちゃんとしたやつよ~?」

「うん、たぶん行くと思う。またルミンにも会いたいし」


 遥は二人に見送られながら、NEXUSの事務所のドアを後にした。


 ビルの外に出ると、いつの間にか雨は止み、薄曇りの合間からやわらかな日差しが差している。


(なんだか今日は……晴れやかな気分)


 電車に乗るために最寄り駅へ向かえば、ちょうど電車がホームに滑り込んでくるところだった。

「こんなタイミング、滅多にないな……」と苦笑しながら乗り込む。

 電車は混んでいたが、次の駅でちょうど目の前の人が降りてくれて、偶然にも座ることができた。


 途中、立ち寄ったコンビニでは、入荷されたばかりの限定スイーツがまさに棚に並べられているところで、迷わず一つ手に取る。


「……なんか、今日はついてるかも」


 そんな小さな幸運に、遥は心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 駅のベンチで包みを開け、一口食べて、ほっと小さく息をついた。

 スマホを取り出して、久々に求人アプリを開く。未読の通知が3件、意外と条件の良さそうな求人も並んでいる。


「うん……明日も就活、がんばろ」


 遥は、そう小さく呟いて、やさしく笑った。


 ――数日後。

 遥は宝くじ売り場で、気まぐれに買ったスクラッチくじをこすっていた。

「……お。……え、えぇっ!? 当たり……!?」

 当選金は五十万円。どこかで聞いたような“お詫びのおまけ”としては、ちょっとした奇跡。


「よし、行こ。異世界、もう一回」


 笑ってそう呟いた遥の後ろで、風鈴のような音がかすかに響いた気がした。

 


 その頃、NEXUSゲートツアーズでは、フィリアとミルフィが正座して所長の報告を待っていた。


「……お咎め、来るにゃ。今度こそ、来るにゃ……」

「ルミナ、所長のとこで謝ってきてくれない~?」

「フィリア様、それは無理です」


 だが所長の言葉は意外だった。


「今回の件、体験にも関わらず極めて高い魔力循環が観測されました。通常ツアー以上の成果です。よって……よくやった」

「……え?」

「……にゃ?」

「よくやったと申されました」

「……よ、よかった~~~!!」


 NEXUSの空に、今日も不思議な風が吹いていた。


「それで、今回の報告書、誰がまとめるにゃ……?」

「ミルフィ様です。今回の失態、記録としても残しておくべきです」

「そ、そんなのフィリアの言い回しが変だったせいにゃ!」

「私の発言は平常運転~。それにミルフィが“棚卸し表”にチョコの包装紙挟んでたことも書いていい~?」

「書かないでにゃあああ!!」

「記録します」

「今、セリカが本気の顔したにゃ!?」


 騒がしい声がこだまするNEXUSの事務所の片隅で、今日も仕事の帳簿と菓子袋が奇妙に混在していた。

 ふわふわと宙を漂っていたルミナが、やれやれというようにため息をつくように光を揺らす。


「……結局、最後に一番疲れるのは私たちなんですよね」

「無限ループ、想定内です」


 セリカもぴたりと静かな声で続けた。


 そんな二体の精霊に見守られながら、今日もNEXUSゲートツアーズは、どこかに新しい物語を送り出す準備をしていた。




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