第14話 深夜 小鬼 3

「マルモ……」


「ようアンディ。お前、元いたパーティーを首になったんだろ。マイティ・ブレイドの荷物持ち、“無能のアンディ”くんのことは、噂になってるぜ!」


 皆に聞こえるよう、マルモはワザと声高にいう。


「……だったら、なんだっていうんだ。そんなのペテンと、なんの繋がりが?」


「ほら見ろ。やっぱり酒場でカールという冒険者の話していたことは、本当だったんだ!」


「――なに?」


 ぼくは、眉をひそめる。


「とぼけるな! 自分の実力を誤認させて、高レベルの冒険者パーティーに寄生し、美味しい汁を啜ろうとしてんだろう!」


「なっ……!?」


 あまりにも、あんまりな名誉毀損のされ方に、しばし絶句する。

 カールのやつ……根も葉もない噂をばらまきやがって……。


 アイツのことだから、いざぼくから糾弾されたときに備えて、逆にぼくに非があるように、あらかじめ周囲の印象操作工作をしていたってとこだろう。


「そもそも、ブラック・フォートレスに勧誘されておいて、お前なんでたった1人で狩りしてるんだよ。おおかた、最終面接で、アイリスさんの審美眼を前に、馬脚をあらわにしたんだろうが! 違うか雑魚め!」


「ちがうな。条件がマッチしなかっただけの事だ」


「ウソつけ! じゃあ何を狩ってきたか言ってみろ!」


「はぁ?」


「獲物の成果で、冒険者の実力が分かるだろうが!! ビギナーズラックで『祝福の実』を1回持って帰ったくらいで、でかい顔すんなよ!」


 マルモが鼻息荒く言う。よっぽど昼間のことを根に持っていたんだろう。


「ホフ・ゴブリンだよ」


 ぼくは素材袋から、ホフのでかい魔石を取りだして見せた。

 それを見たマルモが、ニヤリと笑う。


「はッ、ふかし野郎が! ついに正体をあらわしたな!! ゴブリン種だからバレないと思ったかよ! 俺達だってホフ・ゴブリンを狩ってきてんだ!」


「はい?」


「これだ!!」


 マルモは、素材袋からでかい魔石を取りだした。


「これが、本物のホフ・ゴブリンの魔石だ! そっちは色も形状も別もんだぜマヌケが! おおかた、暗闇のなかで格下のファット・ゴブリンとでも見間違えたんだろバーカ、ギャハハハッ」


 まるで、鬼の首をとったかのように、マルモはキンキン声で言う。


 確か、ファット・ゴブリンは見た目だけ上位種のホフ・ゴブリンに似せることで生存戦略を図ってきた、あまり強くない魔物だった筈だ。


 ――そうだったのか、ぼくが狩っていたのはファット・ゴブリンだったのか。


 確かにそう言われれば、あまりに苦もなく倒せてしまった気がする……。クソッ、狩る前に【鑑定】で確認してしておけばよかった。

 ぼくのレベルだと、回収して時間経過した魔石は、「※ゴブリンの魔石(大)」とかしか、表示されなくなってしまうから今更調べる事が出来ない。

 うーむ。複雑に系統分岐したゴブリン種を見分けるのは、難しいと聞くが、これは思った以上だな……。


「へー君は、ボクの事を騙していたのか」


 なにやら、ミルドが剣呑な雰囲気を出す。勝手に期待して、勝手に失望して、さっきから、なんなんこの人。


「返せっ! このクズめ!」


 それまでの態度が噓だったように、チンピラの素顔を剥きだしにした彼は、ぼくの手から、名刺をひったくるように奪ってしまった。

 そして、わざとらしく、ハンカチで名刺を拭いながら――、


「せっかくこのボクが勧誘したのに、まさか詐欺師だったとはな。あ~イヤだイヤだ。恥ずかしくないのかね、人の時間を奪いやがって」などと、悪態を吐いて見せた。


 自分で勝手に思い込んだだけなのに……腹の虫がおさまらないのか。

 この部下マルモにして、この上司ありだな。類は友を呼ぶというが……、


「おい、やっぱりアイツ、雑魚だったんだ」「クソがっ! 強者のフリしてみんなを騙しやがって」「そもそも、あんな弱そうな奴が他人と組んで貰えるわけねぇもんな」


 他の冒険者がまたぞろ、勝手なことをささやきまくる。


「はぁ……」


 ぼくは、ため息をついた。

 誤解を説明してやりたいところだが、生憎聞いて貰える雰囲気ではない。

 そのときふと、ある考えが頭をよぎった。

 

(――あれ? これって、むしろ望ましい事態なんじゃないか?)


 冒険者達の間で、ぼくの悪評が広まれば、もう迷惑な勧誘もされなくなるかもしれない。

 実際昼に、アイリスさんと分かれた後、ぼくは町中で5回くらい冒険者から勧誘されたりして、かなり辟易したのを覚えてる。

 そのうちダンジョンのなかとかでも付きまとわれたりしそうだ。


 ギルドにも悪評が広まるリスクは、ゼロでないが、実績を重視する組織だから、多分大丈夫だろう。さすがに噂話だけで、デカい組織が個人を攻撃するとも思えないし。


 うん。だとしたら、この2人には感謝しなくちゃならないな。【HP付与】の露見するリスクを減らしてくれるのだから。


「お次の方、どうぞー」


 とりあえず、自分の順番が回ってきたのでぼくは、囀る2人をスルーして、袋をカウンターに無造作に置いた。

 受付嬢が中身に、ファット・ゴブリンのでかい魔石がゴロゴロしているのを確認して、ピタリと動きを止める。


「えっ。えええええぇぇぇッ!!」


 なにやら、泡を食ったような異様な受付嬢の反応に、皆の耳目がさらに多くあつまった。


 な、なんだ……?

 なにか、あまりよろしくない事態の予感にぼくは、動揺しそうになる。

 頼むから、これ以上の面倒事は勘弁して欲しい。


「な、なんですか……これ!! えっ、しかも、こんなに? そんな、ギルド長に報告しないと……」


「ぶはははははっ。アンディ。まさか偽物のゴブリンの魔石でも持ってきたんじゃないだろうなぁ!」


 マルモの嘲笑交じりのキンキン声が背中に浴びせられる。


「あ、あの~」


 なにやらぶつぶつ、ひとりの世界に入ってしまっている受付嬢にぼくは、遠慮がちに問いかける。


「ぼくは、ゴブリンの種類が見分けられないのですが、それ……ファット・ゴブリンですよね?」


「違いますよ!」


「「――なに!?」」


 喰い気味に答えた受付嬢に、黙ってなかったのが、後ろの2人だった。


「この新人職員め! よくみたまえ!! これが、ホフ・ゴブリンの魔石だ! そっちのは明らかに違うじゃないか! えぇ!?」


 メルドが、自分達の魔石を掲げながら、声高に受付嬢を罵倒する。


「えぇ確かに、これはホフ・ゴブリンの魔石ではありません。というかホフだって一回も言ってません」


 新人職員と呼ばれ、カチンと来たのが、受付嬢の顔色から伺えたが、彼女の言動は理性的だった。

 

「内包されている、魔力量が全然違います。ゴブリン種を精確に見分けるのは簡単ではないですが、魔力測定器で計ってしまえば、一発でそれがなんの魔石なのかわかります。ちょっと、失礼しますね」


 彼女は、カウンターから、魔力測定器を取り出すと、ぼくの持ってきた魔石を計り始める。大きく動く計器の針。


「普通のゴブリンの魔石は魔力量3、ホフでも60くらいですが、これは100 以上あります。明らかにチーフ・ゴブリンのものです」


「「「――チーフ・ゴブリンだと……!!」」」


 聞き耳を立てていた。冒険者達の間で、どよめきが起こった。

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