第15話 深夜 子鬼 4

「「「――チーフ・ゴブリンだと……!!」」」


 聞き耳を立てていた。冒険者達の間で、どよめきが起こる。


「バカな……ここいらのゴブリン種のなかじゃ最強クラスに強い魔物だぞ」「それを……なんであんなに狩れちまうんだよ!」「おい、だれだよ、アイツが弱いとか言った奴」「ははっ! メルド達の奴。意気揚々と出ておいで、とんだ赤っ恥じゃねぇか!」


 事態の急変に、冒険者達が湧く。


「バカな……、チーフ・ゴブリンなんてめったに出くわすわけないのに……、それを1ダース以上も、持ってこられるだとっ!!? たまたま住処でも見つけたっていのか……」


 顔を青ざめさせたメルドが、もはや危ない人みたいに、頭を抱えてブツブツ呟く。


「うそだうそだうそだうそだうそだうそだ…………、こんなやつが、お、おれより優秀? ……なにかの間違いだ、なにかの……はっ!」


 ガバッ――!

 メルドより、もっと、やばい形相になっていた、マルモが何かに気づいたように、顔を上げた。


「――そ、そうだ! その魔力測定器が壊れてるんだ! オレが本物かどうか確かめてやる!」


 なにやら血走った目で、トンチキなことを言いだす。


「一番確実な昔ながらの方法だ! 魔石同士をぶつけるんだ! 強い魔物の魔石ほど硬度も高くなるから、それが砕けたら偽物だ! いますぐ化けの皮を剥いでやる糞が!」


「あっ!」


 マルモが素速く、カウンターに置かれていたぼくの魔石をひっつかむ。そして自分達の持ってきたホフ・ゴブリンの魔石に叩きつけた。


 ガシャーンッッ


 硬質な音が響きわたり、メルモの掌のなかで粉々になるホフの魔石。


「なんでだッ!!?」


「ぎゃあぁ!! 今回の稼ぎがあッ!!?」


 連続して悲鳴をあげる2人。


「当たり前ですよ。それ、ファット・ゴブリンの魔石ですし」


 しらけ顔の受付嬢さんが、冷静なツッコミを入れる。


「「――えぇぇえええ!!!!」」


「あの、そろそろ換金してもらってもいいですか?」


 マルモの手から、チーフ・ゴブリンの魔石を取り返して、カウンターに置きながら、ぼくは言った。

 

「あ、はい。失礼しました。こちらまとめて、金貨9枚と、小銀貨3枚でいかがでしょう」


「はい、けっこうです」


 ぼくはお金の入った、袋を受け取る。

 うーむ。ゴブリン50匹分の魔石と合わせてもこれだけか。移動にかかる時間を考慮しても、やっぱりミミックのほうが、効率は数段上だな。まぁ、それでも大金だけど。

 ぼくは、その場を立ち去ろうとした。


「まっ、待ちたまえよ! アンディ君!」


「…………」

 

 肩を手でつかまれ、ぼくは、メルドのほうを振り返る。

 奴は卑屈さと、脂汗で醜怪に歪んだ顔で、


「い、今から高級レストランで、晩餐をするんだ。一緒にどうだ? いくらでもおごってあげるよ?」


「…………」


「そうだ! 近くに会員制の高級娼館があるんだ。ボクの紹介でなら、そこでいくらでも女と遊べるぞ! どうだいッ! こんなチャンス二度とないぞ!」


 ぼくは、感情と体の連結を切って、肩に置かれた手をどかした。


「ご親切にありがとうございます。せっかくのお誘いですが、ご遠慮させていただきます。さようなら」


 軽く一礼して、出口に歩きだす。


 なんか、つかれたな……。

 肉体的な疲労とかじゃなく、人間の卑小さを目の当たりにして、やりきれない気分だ。


「マルモォオオ!!!」


 ――バキッ!!


 背後で、メルドの怒声と拳が骨を砕く音が、響いていた。


 ***


 自室に戻ったぼくは、窓を閉め切ると、途中買い込んできた、サンドイッチをぶどう酒で腹に流し込んで、傾しいだベッドにもぐりこんだ。へとへとだ。


「ぼく……なんで、こんな醜い世界で生きようとしてんだろ……」


 布団のなかで丸まりながら、ふとそんな、つぶやきが漏れる。

 いや、だめだだめだ。自閉気味の思考は、かなり危険だ。


 生きる理由なんてあとから、いくらでも探せばいい。だから今は『あと』を作るのに専念する。

 そうやっていつも、生きてきた。


「おやすみ……」


 自分に言い聞かせるように、つぶやく。


 今日はもう【HP付与】は使えない。使用回数がリセットされる翌日まで、めいいっぱいゴロゴロ過ごしてやる。

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