第2話 アタリ

海面が、朝日を反射してきらめいていた。

先ほど仕掛けを直してもらった柊姉妹――夏菜とあかねは、真剣な顔で堤防の上に座っている。


「……浮いてる、ね」


「うん。……でも、全然動かないね?」


「そんなに簡単に釣れるもんじゃない。魚が食いつくまで、基本は“待ち”だ」


裕太はふたりの隣に腰を下ろしながら、静かに答える。

すぐに釣れると思っていたのか、双子の顔には少しずつ不安が浮かび始めていた。


「え、じゃあ……これって、何分くらい待てばいいの?」


「30分くらい、何も来ないこともある。運がよければ3分くらいでアタる。でも……」


「でも?」


「“来るかも”って思ってるときに限って、こない」


「うわ~、それ、めっちゃメンタルやられるやつじゃん!」


夏菜が苦笑いしながら竿を持ち直す。その隣で、あかねも口を尖らせる。


「そっか……釣りって、地味なんだね」


「地味。でも、アタった瞬間は、たぶん全身で分かるよ」


裕太は自分の竿を確認しながら、ぽつりとつぶやいた。

釣りに夢中になれたころのことを、思い出す。

魚がかかったときの手応え。糸が引っ張られる音。リールを巻く手の震え――


「――うわっ!? な、なんか来たーっ!?」


「え!? 夏菜!?」


その時、夏菜の声が跳ね上がった。竿の先がぐぐっと海へ引かれている。


「ほ、ほんとに来た!? ど、どうしよう裕太くん!?」


「巻け! 落ち着いて、一定のリズムでリールを巻く! 走られたら止める、また巻く!」


「ま、待って! 糸切れそう! あぁぁ手がぁぁ!」


横で叫ぶあかねが、なぜか巻いてもいないのに同じテンションで慌てている。

そんな中、夏菜は必死に竿を握りしめ、リールを巻く。ラインが鳴り、海の中から銀色の魚体が跳ねる。


「もうちょい! そーっと、岸に寄せて……そう!」


裕太がタモを伸ばし、魚をすくい上げた。


「……よし、アジだ。20センチくらいあるな」


「つ、釣れた……! やったぁぁぁ!!」


夏菜がその場でぴょんぴょん跳ねる。あかねも後ろから抱きついて大はしゃぎだ。


「これが、“アタリ”……!」


「そう。今の感覚、忘れないように」


裕太は魚を外しながら、どこか少しだけ嬉しそうな顔をしていた。


(……やっぱり、釣れると嬉しいんだな)


久しぶりにそんな気持ちを思い出す自分が、少しだけ悔しいような、でも悪くないような。

そんな曖昧な感情が、胸の奥でゆらゆらと揺れていた。


「ねえねえ、裕太くん!」


「……なに」


「今のって、私の腕? それとも運?」


「……八割運。でも残りの二割は……たぶん“まじめに待った”から」


「えへへ……じゃあ、また釣れるよね?」


裕太は答えず、少しだけ視線をそらした。

その先に、まるで初心者の頃の自分のようにキラキラと輝く双子の瞳があった。


(……まったく。なんで俺、こんなやつらに釣られてんだか)


そのとき、あかねのウキがぐっと沈んだ。


「えっ……今、沈んだ!? 来たの!? 来ちゃったの私も!?」


「お、お姉ちゃんもアタリだ! わー、ダブルヒットだー!」


「なにそれ、怖い! 裕太くーんっ、助けてぇぇ!!」


そんなふたりの騒ぎ声に、朝の堤防がにぎやかに響いていた。


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