双子の姉妹は釣りがしたいっ!

沙月ルカ@現役中学生

第1話 釣りは仕事

海は静かだった。

堤防に立つ少年のキャップが、朝の潮風に小さく揺れる。太陽はまだ高くなく、港町の空気はひんやりとしている。

釣り竿の動きに無駄はない。リールを巻く手も、ルアーを投げる腕も、まるで職人のようだった。


「……よし。アタリだ」


久江裕太(くえ ゆうた)、高校二年生。

かつて、ジュニアプロとして名を馳せた“釣り少年”は、今も変わらず釣りを続けていた。ただし、それは趣味ではない。

彼にとって釣りとは「生活」だった。小学生の頃、両親を事故で亡くし、生きるために選んだ手段。それが釣り。


裕太は、仕掛けを変えるためにクーラーボックスの横に腰を下ろした。その時だった。


「うわっ、また絡まった! もう、何これ〜!」

「も〜、私のウキどこいったの! さっきそこに流したのに〜!」


やけに騒がしい声が、堤防の少し先から聞こえてくる。

見ると、同じような髪型の女子が二人、タックルボックスをひっくり返しながら悪戦苦闘していた。


(……双子か?)


見た目は高校生くらい。おそらく釣り初心者だ。ウキ釣りの仕掛けがぐちゃぐちゃに絡まっていて、明らかに手に負えていない。


裕太は少しだけため息をついた。助けようか、やめようか。でもその迷いは数秒で終わる。


「……貸してみ」


「あっ!」


声をかけた瞬間、ふたりの視線が同時にこちらを向いた。


「え、えっと……私たち、そんなに迷惑でした?」

「ち、ちがうよ夏菜! たぶん優しい人だよ! ね? あの、釣りの……プロ?」


「ちがう。ただの釣り好きだよ。仕掛け、見せて」


言葉少なに、裕太はウキと道糸、針を見ていく。結び目の甘さ、ガン玉の位置、すべてが“初心者そのもの”だった。


「まず、ウキの下にオモリがついてるけど……これ、位置が合ってないから沈まない。あと、ハリスが短すぎて魚が警戒する。直すから、ちょっと待ってて」


ふたりの目が、まるで小学生のように輝きだした。


「えっ、すごい……!」

「うわ〜、なんか本物って感じ……!」


「……べつにすごくない。これくらい、誰でもできる」


裕太は手際よく結び直し、ウキ仕掛けを組み直していく。ふたりはずっと、その手元を見つめていた。


「はい。これで一回やってみて」


「わ、ありがとう……! えっと、名前、聞いてもいいですか?」


「久江裕太。高校二年。釣りは……まあ、慣れてるだけ」


「私は柊(ひいらぎ)夏菜! で、こっちは姉の柊あかね! 双子なの!」


「よろしく〜!」


(やっぱり双子だったか)


ふたりはどこか都会っぽくて、港町の空気には少し浮いている。だが、その無邪気な目は、どこか懐かしくて――


「ねえ、久江くんっ!」


突然、夏菜が身を乗り出してきた。裕太の腕をがしっと掴む。


「釣り、教えてくださいっ!」


「……え?」


「だって、すごいんだもん! あんなにすらすら仕掛け作れる人、初めて見た! お願い、先生になって!」


「わ、私もー! ねえ、あかねも釣りしたい!」


(……なんだこれは)


裕太の中で、「釣り=仕事」という図式がぐらりと揺れた気がした。


「……教えるのは別にいいけど、楽しいもんじゃないよ。釣りは、遊びじゃなくて“戦い”だ」


そう口にした自分に、ふたりはきょとんとした顔をした。


そして。


「じゃあ、その“戦い”のやり方、私たちに教えてよ!」


「ねっ、釣りバトルだ〜!」


――まったく、どうしてこうなる。


けれど、心の奥でなにかがぽつりと溶けていくのを、裕太は感じていた。


(ま、いっか。ちょっとくらいなら)


こうして、“元プロ”と“初心者双子”の奇妙な釣り関係が始まった――。


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