Curse22 どげんかせんといかん!

   ◆ ◆ ◆


「相変わらず、人ん多かね……」


 金色の瞳に映るのは、逃げ惑う人々。


 その隙間をすり抜けるように、少女は路地から路地へ渡り歩く。紅葉色の長髪が、床にも人にも触れぬよう気遣いながら。


 大陸最大の人口を誇る、王城都市ギートル。その上空には今、一匹の翼竜ワイバーンが暴れ回っている。本来、人里に襲来するはずの無い魔物。


 しかし彼女はそれを気にもせず、歩みを続ける。その目的は——


「勇者とか言う奴、本当におるっちゃろうか……」


   ◆ ◆ ◆


 陽が傾いてきた頃、少女が歩く一帯には住民の姿は無かった。単身うろつくが、目的に至る手掛かりは何も無し。


 翼竜の方はどうやら人間と交戦中の様子。


 ——さすがに無計画やったばい。どげな顔しとーかくらい、調べとくべきやったねぇ……


 金の瞳孔に重たい瞼を被せつつ、空を見上げた。


 と、ちょうど翼竜が水の魔法に身動きを奪われ、その頭上に黒い十字架のような物が飛来する。


壊滅ヴァニッシュやなんて、ヒドかこつすんねぇ。ばってん、王都やけん、そんくらいの使い手もおるもんやね」


 言う間に少女が行きに使った乗り物は暗黒物質に取り込まれ、消滅してしまった。


 しかし彼女は、悲しむ様子も、怒る様子もなく。静かに滑るように、街の陰へと消えていった。


   ◆ ◆ ◆


 ——こんだけ探しとるっちゃけど、だぁれも勇者の噂すらしとらんばい。


 一日経ち、未だ街中を歩き赤髪を振り乱す少女を、通行人は誰一人気にしない。どころか、視線を向けた者すら居ない。


 ——こりゃあ見当違いやったかね。しゃーなか、今回は出直すと——


「ねぇ、あなた。どうしたの?」


 突如、少女の背後から声が掛かる。明らかに少女へ向けた言動。彼女の身体が、大きく身震いする。


 ——な、なして? "気配遮断"魔法は有効なはず……いや、そげんこつより、と!?


「あ、えっと……」


 怪しまれぬよう、振り向き、言葉を繋ぐ。


 そこに居たのは、若草色のローポニーテール、笑みを浮かべる丸顔の若い女性。真っ白なレディース・シャツに濃紺のチノパン姿で、少女に目線を合わせるため屈んでいた。


「私、アネッタっていうの。あなたのお名前は?」

「な、名前? えと——」


 ——名前!? そんなんウチには無かよ! なんか適当に……そや、昔食べた赤くて辛かアレで! えっと……


「——メンティ……」


 ——確かそげな名前やった!


 どうにか上手く誤魔化し、その後の応答も難なく続ける。すると、奥からもう一人、鶯色のショートボブで、やや膨よかな女性が寄ってくる。


「ねぇさん? 何してるの?」


 怪訝そうな表情。そして、彼女の視線は赤髪の少女に焦点が合っていない。


 ——魔法はちゃんと効いとお。やっぱこん女子おなごがおかしかばい。敵意は無かばってん、探りを入れんと……


「は、腹減っとーと!」


 空腹アピールをし、その好意に取り入ろうという算段。これが上手く行き、アネッタと名乗った小娘の屋敷へと、赤髪金眼の少女は連れて行かれたのだった。


   ◆ ◆ ◆


 屋敷で身体を洗われ、服を着せられている間、少女は考えていた。


 来るまでの道中、やはり街行く人間は誰も少女に気付かなかった。むしろ、少女に話しかけるアネッタを不審に見ていたほどだ。


 やはり彼女にだけ、気配遮断が通用していない。この事実は、少女には到底無視できぬ事態だった。


 なお屋敷に着いた時点で、周囲との齟齬で小娘に違和感を持たれぬよう、魔法は解除した。


 ——どげんかせんといかんな……


 スープとパスタをかき込みながら思案していた。


 すると、食堂に少年が立ち入ってくる。アネッタにアヴィーと呼ばれる、碧髪で生意気そうな顔した小僧っ子。


 見る限り、魔法の才が少しはありそうな風貌だが、その態度がどうにも少女には気に食わぬ。


「なんね、こんチンチクリンは」


 少女は、軽い加虐心でその少年をおちょくった。すると、面白いように乗ってきて、挙げ句の果てにアネッタへ諫められる始末。


「わはは! 怒られちょる!」


 少女が嘲り笑った。武力では無く口先で人間を打ち負かした事が少女にとっては非常に久方ぶりで、それが大層可笑しかった。


 だが直後、アネッタが音もなく、彼女の眼前へと現れた。その威圧感に、少女は総毛立つ。


「メンちゃん」


 穏やかな口調。裏腹に、眼光から滲む怒気に、少女の脊髄が危険信号を発する。


 ——あ、あの眼! あの眼じゃ!


 覚えがあった。その気配に。


 あれは忘れもしない四年前。少女が魔物の大軍勢を率い、王都へ大打撃を与えんとしたあの日、あの大平原……突如現れた白緑の怪物が、孤軍で少女の配下を壊滅せしめたのだ。


 そして、遥か遠方から少女へ向けられた、怪物のひと睨み。明確な殺気。「らせろ」と眼で語られた。


 途端、雷を浴びたかの如く全身が痺れ、腰が抜け動けなくなった。惨めにも魔物の背にしがみ付いて敗走したあの時の事を、今、思い出していた。


 怪物の名は、アイリーンと呼ばれていた。


 椅子の上から転倒し、あの日と同じく、腰が立たなくなってしまった。あの怪物を彷彿とさせる殺気に、少女は恐怖した。


 ——か、勝てん……! 今のウチでは、この女子おなごに勝てんばい……!


 震える身体を、その上位者に起こされ、少女は寝室のベッドに寝かしつけられた。


 その晩、シーツの中、怯えた小動物のように丸まり、メンティと名乗った彼女は、決意する。


 ——もう勇者なんてどうでも良か! 必ず、必ずあの女子おなごば、くらす……! この魔王﹅﹅の平穏の為にも……!

 やけんまず、弱み、欠点を見つけんといかん!

 観察……んーにゃ、"監視"せんと!




 今ここに、奇妙なトライアングルが完成した。


 魔王を討伐すべく冒険する、勇者パーティー。

 その勇者パーティーを監視する、アネッタ。

 アネッタを倒すべく監視する、魔王メンティ。


 果たして、報われるのは一体誰なのか。


 彼ら・彼女らの、新たな冒険が幕を開けようとしていた——


   ◆ ◆ ◆

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